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3行アメリカ Daily Life 2003年 5-8月

暮らしの中のハプニング!



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美人が多い国 8.28.2003

「美人は東北地方に多い」というのは日本の定説だが、この手の話は世界中にあるらしい。タイ人のプリチャは、英語クラスで「○○国(失念)には美人が多い。」という例文を作ってみんなの前で発表した。唖然とするクラスメイトを前に「本当だよ。ミス・ワールドの優勝者が一番多いんだ。」と真顔で力説していた。(ひ)によると、ベルギー人のザビは「ヨーロッパでは、スウェーデンに美人が多いと言われるんだ。」と嬉しそうに解説するそうだ。寒さ=肌のきめ細かさにつながる点で、日本と同様らしい。ザビは続けてこう聞いた。「アジアじゃ韓国が美人が多いって聞いたけど、本当か?」
初耳だった。(ま)は東北出身ではないが、ここはアジアの威厳をかけて正しい情報を教えてあげなくてはならない。「韓国では美容整形が一般的だってこと、ちゃんと教えてあげた?」と聞くと、「そんな夢を壊すようなことは出来ないよ。」と(ひ)は言った。男性のファンタジーも世界共通らしい。(ま)


アジア人の見分け方 8.27.2003

一般的アメリカ人にとって、東アジア(中国・韓国・日本)人は見かけで見分けはつかないらしい。当事者である私達はもちろん大丈夫、と言いたいところだが、最近自信が無い。顔の造作で判断できる場合もあるが、これも万能ではない。次に、服装とかヘアスタイルが判断材料になる。まず中国人は、分かる。やっぱセンスが違うのだ。一方、韓国人になるとこれが怪しい。(ま)の持論は「多くの人がの服やメイクは、若いときの流行を引きずる。」なのだが、まず、韓国人の40代以上になるとこれは完全に異なる。日本の文化が入ってこなかった世代だ。それが30代前半になると、微妙になる。韓国を旅すると、日本の雑誌「ノンノ」を一生懸命読んでいた世代だ。そして20代は、日本の文化も入ってきて、同時代的に流行を追うようになってきているのだろう。かなり似てくる。ここで問題なのは、(ま)本人が、日本で現在進行形の流行とは縁遠い生活をしていることであって、「この人日本人?」と思った多くの場合が多少保守性の残った韓国人で、日本の若者は、もっと違う(つまり私の知らない流行の)服装をしていたりする。うーむ、日本に帰ったときが大変かも。(ま)


夢で逢えたら 8.26.2003

渡米当初に一番気がかりだったのは離れて暮らす家族の安否な訳で、夢枕に出てきては朝一番で心配の電話をかけ、真夜中の無言電話にも、何かの事情で電話がうまく通じなかったんじゃないかとそれぞれの実家に確認の電話をかけていたものだ。幸いITの発達した現在では様々な方法で気軽に連絡を取れることが分かり、実際にそうしている。しかしそれもタダではない訳で、大多数の友人達とはメールを通しての、数ヶ月に一度の近況報告程度になってしまう。2年以上の滞在になり、縁遠くなっている知人もいる。渡米前は「遊びに行くから!」と言っていた多くの約束も、渡米の年に起こった同時多発テロの影響もあり、ほとんど実現しない。そんな事情が反映されてかどうか、(ま)は友人の出演する夢をよく見る。幼馴染みから学生時代の友人、もと会社の同僚に上司まで日替わりで出演する。夢なので多少の不整合はあるが、基本的には「あら、久しぶり!」と色んな話をする。朝起きても、もう不安にはならない。「夢とはいえ、よく遊びに来てくれたねー。ありがとう。」という気分でちょっと元気になる。(ま)


ふたりせかい 8.18.2003

日常的に喋る日本人といえばお互いだけ、外で日本語を喋っている限りは周囲に理解されない、という環境で生活している(ひ)(ま)家にとって、緊張の瞬間は旅行先でやってくる。アメリカの観光地には日本人も少なからずいて、他人の日本語が聞こえる違和感と、我々の日本語が理解されているであろう緊張感から、おのずと無口になってしまう。今回のイエローストーン国立公園でも、一番乗りで間欠泉を待っていると、周囲に3組の日本人が集まった。いたたまれずにその場を離れる(ひ)。(ま)はひとりその場に残り、周囲の会話に耳を傾けていると、面白い発見があった。
3組のアメリカ在住日本人カップル(なぜか分かる)に共通していたのは、それぞれが二人だけの世界に浸った会話をしていること。内容というより、会話のペースや使っている言葉やかもし出す雰囲気が、他人を寄せ付けない、聞いているほうがこっぱずかしいくなるような、日本語でいうところの「ちょっとヘン」、なのだ。(ま)はこれをふたりせかいと名付けた。確かに毎日夫婦だけで話をしていると独自の会話パターンが醸成されるのは仕方がない。我が家にもこの傾向はあるだろう。しかし、50代と思しき男性に「よっちゃーん、はーい、お茶でしゅよぉ。」と魔法瓶のポットのふたを渡す40代女性を見た時は、さすがにゾッとした。我が家は大丈夫だと思うけど…多分。(ま)


開かずのオープンカー 8.24.2003

今回の旅行の目玉のひとつに、レンタカーが「オープンカー」ということがあった。レンタカー会社でキーを受けとり、駐車場で見たのはシルバーのフォードのマスタング。かっこいー!早速運転する(ひ)。(ま)もワクワク。苦難が待ち受けているとは知らずに…。

アメリカではオープンカーはとても人気がある。車種は、2人乗りのマツダのミヤタ(ユーノス・ロードスター)からベンツまで様々。高速道路でカバーを外し、120Km/hで走っているのもよく見かける。雨が降っても、駐車中も、カバーを外したままの人も多い。さて、初日。夕方に国立公園内に入って、カバーを外して走ってみる。「さ、寒い…。」高度が高かったこともあって、Tシャツにベストの(ま)は凍えた。つづいて翌日の日中に走ると、「あ、暑い…。」焼け付くような日差しが、全身を包む。ついに2日目の夕方、(ま)は環境の変化についてゆけず風邪の初期症状でダウンした。3日目、オープンカーを借りたことをかなり後悔しながらも、(ま)はだんだんオープンカーに乗るコツを覚えた。朝からは厚着をして乗ると、冷たい風が心地よい。紫外線の強い日中は、思い切ってカバーを閉める。夕方は再び厚着をしてオープンに。という訳で、朝の10時から夕方4時までオープンカーのオープン禁止令が発令された。(ひ)は不満顔だが体調を考えると仕方が無い。それにしても、扇風機の前で運転しているようなもので、オープンカーを運転するのは体力勝負だ。おまけに、暑いときはクーラーを、寒いときは暖房をガンガン入れて、それがそばから大気中に逃げてゆく。何だか環境破壊もいいところだぞ。
慣れてくると、高い空、360度の景色が見え、開放感が何ともいえなく心地よい。都会でなく、空気の綺麗な大自然の中でこそ楽しみたいドライブだ。最終日は、返却するのが本当に名残惜しかった。しかし、コートに帽子、手袋までして運転する(ま)の横を、同じマスタングに乗ったタンクトップにサングラスの50代のおばさんが颯爽と追い越していったのは、傍から見ても不思議な光景だったと思われる。(ま)


男の威厳 8.21.2003

大自然を旅してよく見るのは、映画「イージー・ライダー」ばりのオートバイ野郎達である。アメリカでは車は必需品なので貧乏人でも持つが、バイクは高価な趣味の品なのだ。ピカピカのハーレー・ダビッドソンを乗りこなす白人の中年以上のライダー達、話し掛けると意外に愛想はいいが、声なんかも低くて髭面で、夏でも真っ黒な皮のスーツに、腕にはヒラヒラのフリンジ、頭には星条旗のバンダナを巻き、独特の存在感をかもし出している。夫婦で2人乗りをして旅している姿もよく見るが、100%の確率で男性が運転をして、女性は後ろに乗っている。何故だ???何でも男女平等のこの国で、ライダーの役割分担だけは決まっているらしい。男の威厳っていうやつか?(ま)


トレーラーハウスにて 8.20.2003

イエローストーン国立公園は、アメリカでも有数の観光地だ。公園の中のホテル数は限られており常に満杯状態、半年前に予約が必要だったりする。つまり「売り手市場」な訳で、2箇所目のホテル「キャニオン ロッジ&キャビン」の部屋を見て我々は呆れていた。「これが、1泊100ドル…。」そこにあるのは、トレーラーハウスそのものだった。(映画などによく出てくる、トラックの荷台に乗っていそうなコンテナを家に改造したもの。中流以上の家庭が住む家とは言いがたい。)部屋数が多いだけに有象無象の客が集まっており、窓からはお隣の部屋も丸見え。ほぼ同時に到着したお隣さんは、オンボロの業務用トラックに荷物をギュウギュウに詰めてきた一家4人組。ガテン系の強面のお父さんと、肥満気味で愛想の無いお母さんに2人の子供。少なくともあまりいい印象は持てなかった訳で、「ノートパソコンを使うときには、カーテン閉めたほうがいいかも…。」と二人で話していた。
夜も更けてきて、窓際の机でパソコンを使っていた(ひ)が、感に耐えないような声で言う。「感心だね、あのお父さん。ずっと子供に本を読んであげているよ。」耳を澄ませば、カーテン越しに開けた窓から、「そこでクマが出てきました。ガーオ。」「うわぁ。」という声が聞こえてくる。夏休みにワシントン州から車ではるばる子供を国立公園まで連れてきて、長旅の疲れも見せずに子供の相手をしている。「見た目は怖かったけど、いいお父さんなんだね…。」カーテンは開けなかったが、そのお父さんの優しい声は、夜の8時から10時までずっと続いた。(ま)


飛行機の旅 8.16.2003

同時多発テロの前後で、アメリカの空港は随分替わった。以前は、出迎えの人はノーチェックで搭乗口まで行くことが出来た。スケジュールの遅れ・荷物紛失の多発・顧客対応の杜撰さが指摘され、告発TV番組まで出来る始末だった。それが一転、航空会社の倒産が相次ぎ、「旅行しましょう!」という広告が流れた。金属探知機では靴を脱いで時計やベルトを外すのは当り前、スーツケースに鍵をかけてはいけない空港も現れ、先日は荷物の取っ手の指紋らしきものまでチェックしていた。搭乗は出発30分前、搭乗前にも抜き打ち検査がある。安全に旅行が出来るのが一番なので異論は無いが、検査にかかる時間と長蛇の列を見るとウンザリすることはある。
ただひとつ変わっていないのは、どの空港であっても、預けた荷物がノーチェックで勝手に持ち帰れること。手持ちの番号札と照合するなんてこともないし、荷物受け取りのベルトコンベアは誰でも自由に出入りできる場所にある。荷物が無くならないのが不思議だけど、アメリカ人の良心なのか、目立ったトラブルは無いらしい。毎回妙に感心する。先日、食事を済ませて1時間ほど遅れて荷物を取りに行ったら、我が家のサムソナイトのスーツケースも端のほうでこじんまりと佇んでいた。(ま)


停電! 8.15.2003

ニューヨークをはじめとする北東部一帯を襲った停電の被害が全国版のニュースでも絶えず放送されていますが、実は(ひ)(ま)も昨年12月に実に足かけ5日間、100時間にも及んだ停電を経験しています。今回のNYCに比べると扱われ方は段違いですが、日本でも新聞の片隅に報道されたようです。そこで、当時家族や友人達に宛てたメールの内容をここで公開。<<ノースカロライナ停電レポート>> (ひ)


「大停電2002」 8.14.2003

ノースカロライナは無事です。テレビでは「Blackout2003 (大停電2003)」と銘打って特集を流す局もあります。先ずは、テロでなくてよかった。そして冬じゃなくてよかった。パニックにならなかったNYの人も立派です。しかし、こんなことが先進国アメリカで起こるのか?!と思われるでしょうが、起こるのです。
ここノースカロライナでは、半年以上も前(2002年12月初旬)に「大停電2002」を経験済みです(詳細はひとつ上の、(ひ)のコラム「停電!」を読んでください)。手放しでアメリカを誉めることは少ない(ま)ですが、これだけは言えます。泣き言を言っても仕方ないと分かった時点で、協力し合って明るく不便を乗り越えるアメリカ人のたくましさは大したものです。(ま)


必要な人材 8.15.2003

NYでは停電が続いています。今朝のニュースでは、NY市長が「不可欠な労働者("Essenncial Worker")以外は、家に待機してください。」とアナウンスしていると繰り返し報道されています。不必要な混乱を避ける為でしょう。ふとした疑問が浮かびます。もし同様なことが日本で起こったら、常に「会社に必要不可欠な人材であれ!」と叩き込まれている日本企業の社員は結局多数が出社することになるのではないでしょうか。アメリカ人はそんなことはありません。「仕方ない、3連休だ。」とばかりに休んでいるのが目に見えるようです。それでいいのです。30分後、「清掃夫の皆さん、皆さんは不可欠な労働者です。是非、出てきてください。」という報道に変わりました。(ま)


地球はどうなっている?!8.15.2003

日本はお盆。友人達に暑中見舞いのメールを送ったところ、「日本は暑くないよー。」との返事が次々に。冷夏だったんですね。一方、(ひ)のラボのベルギー人に聞いた話によると、本国の人々は朝5時に出社して、12時には家に帰る生活をしているそうです。何しろ、お昼を過ぎると42度になるらしい。そりゃ、やってられませんわな。さて、停電にも異常気象にもめげず、我が家は旅行に出発です。更新がしばらく滞りますがご容赦を。お土産話をお楽しみに!(ひ)(ま)


ネクターもママの味 8.8.2003

この季節、ハミングバードというかわいい名前の鳥が飛び回る。体長10cm以下の小さなこの鳥、ちょっと変わっている。長いくちばしで、花の蜜を吸う。そして、羽根を1秒間に60回も羽ばたきして、ヘリコプターのように空中停止する。日本語でハチドリと呼ばれるのも、納得。
我が家にも専用のバード・フィーダー(餌をやる容器。目立つように赤く、花の花弁を模した口からミツが吸える構造)があるが、中に入れるネクター(人口蜜。粉を水で解く)が切れたのでまったく寄り付かない。そこで、(ま)はネクターを手作りすることにした。「甘けりゃいいんでしょ。」とばかりに、水を温め、飽和状態になるまで砂糖を溶かし、ついでに蜂蜜も加えた。怖くて味見はしなかった。
手作りネクターを容器に入れて待つこと10分、ハミングバードは近くまで来るものの、なかなか蜜を吸わない。やっぱり人口のじゃないとダメかなぁ、と思っていたら、蜂がやってきておいしそうに吸い出した。やっぱり、蜂は自然の味が分かるのね!そのうちハミングバードもやってきて蜂と喧嘩しながら蜜を吸い出した。ほらね、着色料や防腐剤の入った人口的なものより自然の味のほうがおいしいでしょ!体にもいいわよ!と、気分はすっかり生協ママの(ま)であった。(ま)


鳥への餌付けのお約束 8.12.2003

珍しく、為になるお話を少々。鳥の餌付けに関する記事を読んだのでご紹介。
鳥が活動的になるのは暖かい季節だが、冬の餌付けはとても重要。なぜなら、寒い冬には自然界の餌が少なくなるので、人口の餌を供給することは鳥にとって非常にありがたい。但し、一度始めて鳥が集まりだしたら、寒い季節の間は続けること。急にやめると餌が不足して鳥が困る。
逆に暑い夏には、餌は自然界に豊富にある一方、乾燥するので、水場を用意してあげるとよい。飲み水や水浴び用に大活躍。水は定期的に変えて清潔に保つこと。
この辺りの多くの家の裏庭やアパートのベランダには、鳥の餌場が設置されていて、気軽に鳥の観察が楽しめる。ベランダでボケーっとしながら、スズメとカラス以外のいろんな鳥を眺められるなんて、ちょっと贅沢なひと時だ。(ま)


ノースカロライナのお土産 8.10.2003

(ひ)のラボの同僚、ノースカロライナにやってきて半年のリンが我が家に遊びに来た。この夏、西海岸の友人の家に遊びに行くのに、ノースカロライナのお土産を探しているという。そう、これはだれもが直面する問題なのだ。「これがノースカロライナのお土産です!」と胸を張って言えるような名物が、実はない。アメリカ人は「○○に行ったから…。」と行って周囲の人にお土産を配る習慣が無いので、余り気にならないのかもしれない。しかし、義理深いアジア人はそうもいかないのだ!
この場合、人々の行動は限られる。まずチャペルヒルにあるグルメショップ「サザンシーズン」に行って、ノースカロライナ名産コーナーを探す。とは言え、ピーナツや手作りジャムは、アメリカ中どこにでもある。お店のオリジナル商品、人気のチョコレートはベルギー製だ。小物も少々あるが、装飾系が多いので、一人暮らしの人には不向きのような気がする。
次に、UNC(ノースカロライナ大学)のショップに行く。前も書いたが、ここには小物から衣料品まで、ありとあらゆる大学のロゴが入ったグッズが揃う。大学に所属する人なら、これらの商品もいい。が、所属していないと、これも何となく違うような気がするのだ。
結局、リンはUNCのマーク「NC」が入った携帯マグカップを買って、「これでNC(ノースカロライナ)土産だわ。」と無理やり納得していた。お土産探しは、ホント難しい。(ま)


DVDの神隠し? 8.6.2003

「モノより思い出」で、モノは増やさない主義の(ひ)(ま)家だが、映画のソフトだけは買っている。ビデオもDVDも種類が豊富で、値段も2人で映画に行くより安かったりする。(英語の勉強にもなるし。言い訳?!)
さて、思い立って「千と千尋の神隠し」のDVDを買った。アメリカのDVDには珍しく、日本語バージョンも入っている(当り前か)。で、家に帰ってみると、袋の中に、他の商品はあるのにDVDだけがない!焦って店に戻って事情を話すと、ゴメンネ、と新しいのをくれた。最悪のパターンは商品も返金もなしかなぁと思っていたので、ホッと一安心。しかし、余りにもあっさり貰えたので、悪用する人はいないのかな、と人事ながら心配も。(ま)


映画翻訳の難しさ 8.7.2003

「千と千尋の神隠し」を劇場で英語版→DVDで日本語版オリジナルの順で見て、いろいろと面白い発見があった。日本語版を見て、まずはハクの声にガッカリ。カツゼツが悪かったですね。アイドルですか?
日本語のセリフがどのように英訳されているかを見るのも楽しい。「ハンコ」や「おまじない」など日本的なものをどう伝えるか、などの苦労話をスタッフが延々語るボーナストラックもあるのだが、それ以前の問題として、ヒドイところでは、主語が入れ替わっていたゾ。
理解できない部分は適当に明快にするのがアメリカ流らしく、例えば、千尋が「なぜか分からないけど、白いドラゴンがハクのような気がする」のは、「最初から知っている」ことになり、ハクが「自分を犠牲にしても千尋を助ける」のは、単に「千尋を助けるように依頼する」だけになる。アメリカ版では, ハンコののろいは「愛の力」で解けたことになっている。うーむ、分かりやすいぞ。
面白かったのは、日本語版では何も言わないシーンでも、英語では説明的言葉が入っていること。沈黙には耐えられないのか、それともやはり「以心伝心」は日本人だけの特技なのか。例えば…
(オリジナル)千尋が空を見上げ、物思いにふけるシーン、→(英語版)「ハクはどこにいるのかな。」とつぶやく。
(オリジナル)豚になった両親に会うため、花の咲き乱れる小道を無言で歩くハクと千尋。→(英語版)今後の注意を、クドクド述べるハク。
じつは、最初に見てちょっと感動した最後のセリフも、実はオリジナルには入っていなかったことが判明し、苦笑いの我が家でした。しかし、シロウト眼ではありますが、概して上手くできているのではないかと思われます。(ま)


かみなりあらし 8.5.2003

春から秋にかけて、「ああ、そろそ来るね。」という言葉が、これほど頻繁に使われる土地も少ないのではないだろうか。焼け付くような日差しの午後(ベランダのロウソクが、文字通り太陽熱で溶けるのだ!)が終わる頃、にわかに空が暗くなる。遠くで雷が聞こえる。空に稲光が走ると、一瞬にして大粒の雨が勢いよく地面を叩きつける。その勢いといったら、日本なら「豪雨」といってもおかしくない。歩行者そのものがいないので、雨にぬれる心配は無いのだが、車を運転しているとワイパーを最大にしても前が見えなくなることも。

そして30分ほどするとあっさり雨は止み、涼しいそよ風が吹き、空にダブルで虹がかかったりする。これは「サンダー・ストーム(直訳すると”雷・嵐”)」と呼ばれ、ノースカロライナの名物のようなものだ。これがあるから、梅雨は無くとも十分な水量を確保できるのだろう。しかし、私はこの雨に会うたびにアフリカの「スコール」という言葉を思い出す。一体何が違うのだろう?(ま)


わっかんないだろうなぁ 3.5.2003

本を読むのが好きなので、あちこちの図書館をよく利用する。治安がいいとは言えないのであまり行かないのだけれど、ダーラムのダウンタウンにある図書館本館は規模も蔵書数も桁違いに大きい。映画のビデオも無料で借りられる。ある日、ぶらりと閲覧していると「世界の本コーナー」が新設されていた。エリアによってはスペイン語やヒンズー語の本を常備している図書館もあるが、日本語の本を見かけることはまず無い。期待せずに見てゆくと、数冊の日本語の本を発見。しかし、子供向けの童話だったり、古くて読む気もしないような本ばかりで、ガッカリ。

と、目にとまった1冊の本は何とダンフミ&アガワの「ああ言えば、こう(嫁×)行く」。今やかなり有名なこの凸凹コンビのエッセイ第一弾「ああ言えば、こう食う」は、私も購入して大笑いしながら読んだ記憶がある。これはその第二弾。こんなに新しい本があるなんて!早速借りて、家で大笑いしながら読む(ま)。(ひ)も読む気になったらしく、これまた大笑い。そして一言「で、このアガワって誰?」そう、この凸凹コンビの活躍は私達の渡米後だったので、(ひ)が知らないのも無理は無い。雑誌から健康エコナ油の宣伝を探し出して見せると一言「結構美人じゃん。」

返却しようとして気づいたのだが、管理シールには、ちゃんとタイトルがローマ字で打たれている。"Aa ieba kou iku" さすがに、嫁に×印のニュアンスは、アメリカ人には通じなかったようで。(ま)


大きな声では言えないが 8.4.2003

夏の朝、起きて窓を開ける。外の空気を吸いながら、私は心の中でほくそえむ。

よく海外の気候を表す言葉に「高温多湿の日本と違って、カラッとしている。」っという表現が使われる。聞こえはよいが、生まれてこのかた日本のジメジメ湿度に慣れ親しんだ身には、その「カラッ」が続くのが結構辛い(しかも高温で)。身と言うより、お肌にとって負担なのだ。「アジア人女性の肌は、適度な湿度により美しく保たれている。」というデヴィ夫人の言葉はけだし名言。湿度があるからお肌のしっとり感も保たれる。湿度を欲する余りか、アメリカに住んで以降、(ま)は皮膚で湿度を計れるようになった。

幸いなことに、ここノースカロライナは夏の間、湿度が高いので有名だ。そしてそれを多くの人は嫌っている。(ま)も一応人前でには「ムシムシして嫌だねぇ。」などと話しているが、一足遅い梅雨並みの「湿度」を、実は密かに喜んでいる。(ま)


大出世 8.3.2003

州やエリアによって若干異なるが、ノースカロライナでは8月に新学期がスタートする。よって、文房具売り場が一番繁盛するのもこの時期だ。大学の生協を覗くと、面白いものを発見する。8月からスタートするスケジュール帳だ。大きさも手頃で使い勝手が良く、かつ大学のロゴが入っているのも面白いので(ま)は愛用している。
去年8月−今年7月までのものは、たまたま遊びに行ったウインストン・セーラムにある、アメリカ最古の女子大学セーラム・カレッジのものだった。女子大らしく花柄で、色も4色の中から選べてとてもカワイイ。さて、そろそろ今年用の新しいのが欲しいなぁ、と思っていたところ、ボストンのハーバード大学の生協でスケジュール帳を発見。早速購入。

それを見た(ひ)は大ウケ。「セーラム・カレッジからハーバード大学!大出世だね!!」
イメージ的には、日本で云うところの 「伝統ある福岡女学院短期大学から、学問の最高峰、東京大学へ!」
ってな感じでしょうか。まあ、たかがスケジュール帳を使ったからといって頭がよくなる訳ではないのですが。ちなみに、セーラム・カレッジの名誉のために申し上げると、紙質もインクの質も、セーラム・カレッジのほうが上等でした。(ま)


病院に行きたい! 7.16.2003

突然の腰痛で、寝込んでしまった。普段は気にもしないのだけど、一旦病気になると日本の医療保険制度がたまらなく恋しくなる。というのも、アメリカは日本ほど「病院に行くこと」が一般的ではないからだ。

アメリカでは日本の「健康(社会)保険」に該当するものはなく、医療保険は保険会社から買うものだ。それも結構高い。よって医療保険を持っていない人も結構いる。かつ保険の値段も内容もピンキリで、つまり貧乏人は病院にも行けない、行っても十分な治療を受けられない、という仕組みなのだ。何とひどい制度だ!と思いがちだが、日本同様に、国の手厚い健康保険制度があるカナダでは、「自分は使わないのに、老人のために高い保険料を自分が負担するなんてバカみたい。」とアメリカに移住する若者が多いとか。(そして、歳とって医療が必要になった頃にカナダに戻るとか…うーむ、計算高い。)

幸い我が家では(ひ)の勤め先が結構な保険を買ってくれているのだが、それでも病院に行くというのはお金がかかることで、かつ日本ほど気軽に「ちょっと病院に。」行く習慣もないので、大概はドラッグストアで薬を買うか、寝て治す。
「ああ、日本なら毎日のように整形外科に通って、老人に混ざってマッサージを受けるのにぃ。シップの処方箋をいっぱい出してもらって貼るのにぃ。」と布団の中で自分の身を呪う。しかし、これぞ日本の「通院漬け、薬漬け医療」ボケの姿なのかもしれない。ちなみに、結局一番効いたのは、暖かいお風呂にゆっくり入って、日本から持ってきたバンテリンを塗ることでした。アメリカに住むと、人間の治癒力について考えさせられます。(ま)


男か、女か? 父か、義理の父か? 本当の母か、継母か? 6.28.2003

日本の友人2人に、続けて赤ちゃんが誕生!お祝いのカードを送ろうと、カード屋さんに出向く。何かの出来事に対してカードを送るのはアメリカでは非常にポピュラーで、カードだけを専門に扱う「カード屋さん」が街のあちこちに存在する。当然カード会社が儲かる訳で、バレンタイン・デーなどは一番有名なカード会社の名前にちなんで "Hallmark Holiday"(ホールマーク・ホリデー)などと皮肉られる。

さて、カード屋さんに入ると、まずは目指すセクションを探す。

「誕生日(女性)」「誕生日(男性)」「結婚」「サンキュー」「就職」「退職」「その他お祝い」「アイラブユー」「寂しいわ」「お別れ」「お詫び」「お見舞い」「お悔やみ」「無地」

などから「出産」を探し出す。すると次は

「妊娠」「誕生(男子)」「誕生(女子)」「誕生(双子)」「養子」「出産祝い(物品)に添える」「出産祝い(現金)を包む」

などから「誕生(女子)」を探し出す。すると次は、

「誕生(親戚の子供・女子)」「誕生(友人の子供・女子)」「誕生(孫・女子)」

などに分かれている。ここから「誕生(友人の子供・女子)」を選ぶ。それでも「ユーモア」「宗教的」など10種類以上のカードがずらりと並ぶ。1枚づつ中身の図柄とプリントされた文句をチェックする。ここで気を抜いてはいけない。カードの図柄が、白人用と黒人用に分かれているので、開けるとキュートな黒人の赤ちゃんが微笑んでいたりする。アジア人用がないことに怒らなければならないのかもしれないが、まあここは白人用でよしとしよう。それから文句があまりにも宗教的なものは避けたい。そうこうしてやっと「この1枚!」が決まるのだ。ふぅ。

もうお気づきかと思うが、母の日と父の日はもっとすごい。壁一面に様々なカードが並び、中には

「継母へ」「義理の母へ」「友達のような母へ」「母ではないが母のようなあなたへ」

などもある。父の趣味に合わせて、ゴルフ、釣り、野球、仕事、セクシー系など図柄も数限りない。

「誕生日」はもっとすごい。 「1歳」「2歳」...「100歳」(区切りのいい歳全て。もちろん全て男女別)

親戚だけでも「祖母」「祖父」「父」「義理の父」「継父」「母」「義理の母」「継母」「兄弟」「姉妹」「いとこ」「甥」「姪」

などなど、本当に採算が取れるのだろうか?と心配したくなるほどのバラエティ。これを見て「さすが何でも個別対応の国、アメリカ」と感心する人もいるかもしれないけど、(ま)は、お祝いであれお悔やみであれ、何もない葉書や便箋に文章を綴って思いを伝える日本のやりかたも素敵だと思う。ただ「綴る」行為が「選ぶ」行為に変わる分、アメリカ流が合理的で手軽だ。それを証明するかのように、封筒の便箋のセットは、カード屋の隅のほうで肩身狭く売られている。

何はともあれ、ほとんど宝捜し状態のカードの山の中から、送り相手のイメージにぴったりのものを探し当てた達成感に浸るのは楽しいけど、そこで満足してたまに書き忘れたりするのが問題だったりする。今回は忘れないようにしよう…。(ま)


子供がいるべき場所 7.18.2003

友人カティの家に遊びに行ったら、彼女の息子で小学生のセバスチャンが不機嫌そうに子供部屋に居る。どうしたの?と聞くと、親の言うことを聞かなかったおしおきとして1週間外出させてもらえないのだと言う。ここ、アメリカの田舎では、車がないとどこへも行けない。つまり、子供が習い事に行くときも、友達の家に遊びに行くときも、親の送り迎えが必要になる。親も大変だと思うけど、逆にいうとその点で親の威厳は絶対なのだ。親の協力がないと、子供は遊びに行くことすら出来ない。
子供を叱るときも、日本なら「そんな悪い子はうちには要りません!出て行きなさい!」となるところを、
アメリカでは「そんな悪い子は外には出しません!出て行ってはいけません!」となるのだ。
しかし、これは交通の便の悪さを笑うだけの話でもない。

渡米前、在米経験がある女性に、アメリカでの生活の様子を聞いたとき。「子供達が小さかったので、誘拐されないように必死でした。」と聞いて不思議な印象を受けたが、その理由は渡米後すぐに分かった。お店の壁にも、ミルクの紙パックの横にも、小学校で使う色紙にはさまれた紙にも、"Missing"(行方不明)の子供達の写真があるのだ。アメリカでも報道されるのはほんの一握り(多くの場合はお金持ちで、かわいい白人の女の子の場合、とはアメリカ人の友人のの弁)、多すぎてニュースにもならないのだろう。ここ治安が良いと有名なチャペルヒルでも半年前、帰宅時間で混雑する小学校で誘拐未遂が起きて騒ぎになった。

つまり、アメリカでは、子供がひとりで外出したり、子供達だけで街で遊ぶなんて考えられない。そんなことを親は許さないし、許してはいけない。治安が悪いからそうなるのであって、決して誉められたことではないけれど、(日本人から見ると)アメリカの子供は過保護なくらいに保護され、守られている。日本で起きている、子供が巻き込まれる悲しいニュースをインターネットで読む度に思い出す、アメリカの姿だ。日本も将来、こうなってしまうのでしょうか。(ま)


<NY編>アジア人のNY進出 7.4.2003

あれはバブルもすでに崩壊した9年前、当時(ま)が勤めていた会社では「社員全員を海外旅行に連れて行きたい」という先代社長の意思を継ぎ、社員全員に海外研修旅行(行き先は自分で選べる)がプレゼントされた(今思えば、遅れたバブル期だったのね)。そこで初めてNYを訪れて以来、9年ぶりのNYは、当り前だけど色々と変わっていた。

驚いたことのひとつに、アジア人の進出がある。例えば、繁華街には100人以上の中国人が、名前を中国風の飾り文字で書く露天商をやっていた(以前は皆無)。夜になると、あんまイスが出てきて、マッサージの露天商も始まる。又よく知られたことだが、チャイナ・タウンの隣にあるリトル・イタリーは、すでに漢字の看板に侵食されていた。
「もっとも短期間で成功した民族」と言われる韓国人が経営する「デリ」(惣菜屋兼コンビニ)の件数は飛躍的に増え、何とエンパイアステートビルのふもとには、チャイナ・タウンならぬコリアン・タウンまで出来ていた。
少々高級そうなエリアを歩けば、1ブロックごとに寿司屋があり、窓越しにカウンターで板前さんが寿司を握っている風景が見える。今回見た5本のミュージカルのパンフレットには、アンサンブル(いわゆる主演・助演に次ぐ脇役、コーラスなどに参加)として舞台に立つ日本人の名前を見ることが出来た。吉野家もブックオフ(古本屋)も存在し、行かなかったがリトル・ヨコハマもあるらしい。

ビザつきでの滞在者か、移民か、不法滞在者か、その身分は様々だろうが、アメリカはまだ移民の国として変わりつづけているのだな、と実感。イチローや松井だけが、アメリカ進出ではないのです。(ま)


<NY編>アメリカのどこに 7.3.2003

NYで驚いた話、その2。日本からアメリカへ旅行する場合は、異国であるアメリカをたっぷりと味わいたい。しかし、アメリカ地方都市からNYへ旅行する場合は、日本の地方から東京に遊びに行くのと同じで、大都市にしかないものを楽しみたい。ノースカロライナになくて、NYにあるものは多数存在するが、ひとつは気軽な日本食レストランだ。疲れ果てて「今日は何か軽く食べたい」と思っても、まともなうどん屋も蕎麦屋もラーメン屋も存在しないここチャペルヒルと違い、NYでは寿司屋以外にも気軽な日本食レストランがいくつも存在する(はずだ!)。

友人の薦めのあった和食&ラーメン屋に行き、1人10ドル(1200円)程度でお腹いっぱい和食を食べる。おいしいねぇ、と周りを見回すと、ビールを片手に仕事の愚痴をこぼすサラリーマン3人組、接待されつつ「日本にいる奴等はさぁ」と日米比較論を語る人、壁には焼酎のボトルがずらりと並び、店員さんは礼儀正しく、この店の空間だけはすっかり日本だった。帰りにふと見ると、レジの近くに山積みの日本語ミニコミ誌を見つけた。種類が沢山あったので、いくつかを選んで持って帰りホテルで読む。ダンス専門誌あり、日本人専用の弁護士・医者・不動産屋・旅行会社・英語学校等の紹介があり、今週のお勧めレストラン情報があり、駐在員の奥さんは「ワタシ、駐妻(ちゅうづま)で〜す。」とマンガに登場し、何だか読みながらめまいがしてきた。

「日本人がアメリカに住む」と一口に言っても、日本人の生活基盤がしっかりした都市で生活するのと、うどん屋もない田舎で生活するのは大違いだ。どちらが良いか悪いかは一概に言えないが、アメリカは広い。アメリカのどこに住むのか、それによって生活の質は随分変わる。(ま)


<NY編>商魂たくましさ 7.5.2003

NYで驚いた話、その3。読書が好きな(ひ)(ま)家では、慢性的な本不足に悩んでいる。NYには日本の古本屋チェーン店「ブックオフ」が存在すると聞き、ミュージカルが始まるまでの30分間を使って、半信半疑でその場所まで行ってみた。「見当たらないねー」とある一角を曲がった途端、和食屋さん、日本の雑貨とお惣菜やさん(イートイン付き。単身らしき日本人の若者が多数)、ビルの2階には日本のレンタル・ビデオ屋が並び、そしてとあるビルの窓に見慣れた「ブックオフ」のマークが!

店内に入ると「いらっしゃいませー」の声が聞こえ、広いスペースの1階は全てコミック売り場で多数の若者が立ち読みしている。我が家はマンガに興味は無いので、2階に上がる。セールで、ビニールにパックされた「ファッション雑誌と文庫本とCDで3ドル」のセットに目が釘付けになる(ま)。雑誌をあれでもない、これでもないと選んでいると(ひ)がやってきて一言。「こんな1ドルでも売れないようなものを抱き合わせて3ドルで売るなんてすごいな」選び抜いたはずのセットを冷静になってよく見れば、ファッション雑誌はすべて半年以上前のもの、文庫本はこれまた20年前のベストセラー(例:「サラリーマンの父より息子へ30通の手紙」)、CDは10年以上前のアイドルのもの(例:南野陽子)だったりする。あきれた(ひ)が「で、そっちのCDは何?」と(ま)の手元を覗くと、そこには「裕木奈江ベスト」があった。興奮状態で、とんでもないものを買うところだった。しかし、需要と供給のバランスとは言え、日本での究極の売れ残りをアメリカで売ってしまう商魂たくましさには脱帽。でも、「ブックオフ」がノースカロライナにあったら、やっぱり通っちゃうだろうな。(ま)


ガイドブック比較 7.1.2003

夏の旅行シーズンを控え、下調べに余念が無い我が家ですが、この夏の旅の目的地のひとつにニューヨークがあります。日本から持ってきたものもありますが、出来るだけ新しい情報が欲しいので、ガイドブックは図書館で最新のものを借りるようにしています。 この地ほど、ガイドブックの新旧がはっきりしている場所はありません。つまり、発行が2001年のテロの前か後かで、「ワールドトレードセンターに登ってみよう!」か「グラウンドゼロ」の控えめな説明かに分かれます。数冊のガイドブックを読み比べながら、「あの日を境に、本当にアメリカは変わったんだなぁ」としばし想いに耽ります。

さて、新旧のみならず、日本とアメリカのガイドブックも随分と違います。その比較を少々。

日本版  地図が親切丁寧。情報が細かい。写真が豊富。ほとんどの施設(レストラン・ホテル)は誉めてある。貧乏旅行用ガイドブックにもずらりと高級ブランドの店の紹介がある。紹介しているレストランはどれもお値段高めで小奇麗。(そこに行くと日本人率一気にアップ!)

アメリカ版  筆者の「前書き」(私はこの街に住んで○年、…)から始まる。地図が大雑把。(デバートも小店も全て★印で示してある。)写真が少ない。悪口もはっきり書く。(高いだけ。サービスが遅い。NYの最高級日本食レストランなのに寿司がまずい!など)お金のかからない遊び方も多数紹介。必ずゲイ・レズビアン用の情報が載っている。

アメリカ版は、基本的に筆者が責任を持って、独断と偏見でその街の感想やお勧めを紹介している(なので、信じるも信じないもアナタ次第。)というスタンスに対し、日本は一般的な情報を載せているように見せつつ、まあ掲載店からお金とっているんだろうな、という印象です。
何はともあれ、どちらもいいところはあるので、上手に使い分けたいものです。調べ物をしながらすでに心は旅立っているこの頃、ちょっとHPの更新が滞りますが、戻ってきたらお土産話を紹介しますのでお楽しみに!(ま)


走るな!危険 6.24.2003 

2年前のこんな日、運動不足を解消しようと始めたジョギングの初日、アパートの周囲2キロを走り終わった(ひ)が部屋に入るなり倒れこみ、その場から動けなくなった。

1年前のこんな日、当時英語クラスにバスで通っていた(ま)は、30分に1本のバスの逃すまいとバス停まで10分以上走り、バスを降りた後、具合が悪くなりながら家まで道をのろのろと歩いた。

そう、今日はこのチャペルヒル・エリアは「オゾン・アクション・デー」。これは空気中のオゾンと汚染度が高い時に出される注意報で、高温・弱い風・雨が降らない・風向きといった条件が揃うとEPA(環境庁みたいなもの?)から発令される。自転車や徒歩、ジョギングはできるだけ避け、喘息などの持病がある人は外出を控えたほうがよいとのこと。(アメリカ人はジョギング大好き。炎天下でも上半身裸で走っている。)心なしか紫外線まで肌に突き刺さるように感じるこんな日は、最近もらった池波正太郎や藤沢周平の時代小説などを読みながら、家でおとなしくしていよう。(ま)

現在の発令の様子  NC以外はみんな大都市。不思議だ。


引越しらくらくパック 6.24.2003

こちらは引越しのシーズンです。アパートメントの敷地内でも、毎日どこかで引越しのトラックを見かけます。日本に比べて、アメリカの引越しは随分簡単です。その理由を数点ご説明。

1)自分で楽々お引越し!  引越し業者を頼む代わりに、自分で車を手配して引っ越す人が多い。引越し用のトラックやコンテナ(自分の車でけん引する)が手軽な値段でレンタル出来て、引越し先で乗り捨てもOK(全国規模の会社が3つもある)。高速道路で、大きな引越しトラックをこわごわ運転している人をよく見かけます。

2)引越し先でも家具が不要!  どこのアパートでも、冷蔵庫や冷暖房は部屋に備え付け、クローゼットや作り付けの収納棚も十分にあるので、冷蔵庫やクーラー、タンスに棚といったものを所有する必要がない。また、コインランドリーもアパート内に併設している場合が多いので、洗濯機&乾燥機も絶対に必要ではない。よって、独身者や少人数家族の場合は、ベッド、ソファー、ダイニングテーブル、照明器具、テレビ、あと台所用品と衣類、程度が家財となる。そうそう、これらをプチプチ(緩衝材)でくるむなんてことは、アメリカ人はしません。トラックに、よいしょ、と直接放りこみます。

3)引っ越しして儲かる!  敷金に礼金、、、、と日本は新居にかかるお金が中途半端ではありませんが、ここではそういった費用は1か月分程度です。おまけに、現在このエリアはアパートの建設ラッシュ。よって値引き合戦が激しく「1年分の契約すると、2ヶ月分フリー!」なんていうのもザラで、つまり引越しした方が儲かるのです。

(ひ)(ま)家では、今のアパートが気に入っているので、引越しの経験はありません。しかし契約更新時にはいつも、何だかんだと理由をつけては、値段据え置きをアパート側から申し出てきます。こんな「住人に優しい」引越しのしくみ、日本でも欲しいものです。(ま)


10セントの愉しみ 6.22.2003

日本は梅雨ですね。こちらには梅雨がありません。と言いたいところですが、今年はめずらしく雨が多い毎日です。しかし、日本と違うのは雨上がりの天気のよさ。カーッと照りつける太陽の熱で、ベランダに置いていたロウソクも溶けるほどです。そんな日本とアメリカの気候がミックスされた天気ゆえか、ベランダの紫蘇もすくすくと伸びる一方、、すでに朝顔も花を咲かせています。
この朝顔(英語ではMorning Glory)の種、ハーブの種を買おうとした園芸店のレジの横で、ひっそりと1袋10セント(約12円)で売られており、懐かしさも手伝って2袋買い求め、不要になったバケツの底に穴を開けて蒔いたところ、今ではベランダの柵をおおいつくすほどに成長し、毎日ピンクや紫のかわいい花を咲かせています。アメリカでは種から育てる花は人気が無いとはいえ、こんなにかわいい花がどうして10セントなのでしょう?それから、何故か日本を感じさせるのも面白いですね。(ま)


日本語テレビの威力 6.21.2003

遅まきながら、お友達のK家より、「北の国から 遺言」のビデオを借りて見ました。日本を代表するドラマだけあって、面白かったです。「ほほぉ、これが内田友紀が吉岡君にお守りを買った神社か。」と納得する(ま)の横で、「友紀ちゃん、どうして吉岡君なんだ???」と(ひ)は激しく嘆いておりました。(笑)

さて、このように我が家は、普段は日本のテレビを見る機会が全くありません。衛星放送に加入すれば「テレビ・ジャパン」という日本語放送が見れたり、お店に日本のテレビを録画したレンタルビデオ(著作権はどうなっている?!)があったり、実家に頼んでビデオを録画してもらったり、と様々な方法はありますが、あまりこだわりがないのでどれもやっていません。結果、これまで2年間に見たものといえば、豊川悦司・中山美穂主演のドラマ1シーズン分(2年前、友人が送ってくれた。ドラちゃんサンキュ!(ひ))、2年前のドリフが出演した紅白歌合戦、昨年の新春特別企画の宝塚歌劇団を舞台にしたドラマ、サザエさんとちびまるこちゃんとバラエティ番組各数本、NHKの番組数本(ともに友人から借りた)くらいなものでしょうか。

めったに見ない、100%理解出来る日本語のテレビなので、その影響力は偉大です。「試してガッテン」を見て数日間は、ことあるごとに「ガッテン、ガッテン」といいながら机を拳で叩いておりました。今も、気付いたら「♪アアー、アアアアアーア」とさだまさしのあのフレーズが口をついて出ており、多分1週間くらい我が家のテーマソングになると思われます。(ま)


恐るべきアメリカの蚊 6.18.2003

プーンと耳元で音がする、あの恐怖の季節がやってきました。日本でも蚊から愛される(ひ)(ま)でしたが、アメリカでは大変なことになっています。まず、アメリカの蚊は強力です。耳元で音などしません。一気に突撃してきます。刺される時にチクッと痛みが走ります。すると、腕や足の太さが変わるほど腫れます。そして、その後3日間以上かゆみが続くのです。(ひ)は日本から送ってもらった「ムヒ」とステロイド軟膏のダブル使い、(ま)は軟膏一筋で治療に専念します。しかし、元来肌の弱い(ま)は刺された個所が水ぶくれになるという悲惨さ。バンドエイドを貼ったりして保護するものの、跡も長く残って、本当に困ったものです。
しかし、問題はこれで終わりません。(ま)の腕や足の跡を見て「どうしたの?大丈夫?」と声をかけてくれる人が必ずいます。つまり、家庭内暴力の傷(あざ)ではないかと心配しているのです。アジア人の赤ちゃんの蒙古斑が、アメリカ人に児童虐待と間違われる、というのはよく聞く話ですが、蚊に刺された跡が家庭内暴力と間違われた話は聞いたことがありません。そんな時は、はっきりと、「これはモスキート・バイト(蚊に噛まれた、と表現)です。とてもかゆいです。」と答えることにしています。(ま)


ホームレスの店開き 6.16.2003

日本のホームレスはダンボールの家に住んでいますが、アメリカのこんな田舎町にもホームレスはいます。物乞いをして生活している訳ですが、その場所は何と道路の中央分離帯。信号で止まる車の列に向かって「私はホームレス(文字通り、家が無い)です。森に住んでいます。仕事かお金を恵んで下さい。神の祝福あれ。」と書いたダンボールのサインを持って座っています。中央分離帯でいきなり仕事がもらえるとは思いませんが、車の窓からお金を渡している人は時々見かけます。悪い商売ではないのかもしれません。
さて、いつも決まった時間に通る高速道路の出口で見る、ホームレスのおじさんがいます。ある日、いつもより早くそこを通ったら、ちょうど店開きをしていました。何処からともなく歩いてきて、リュックから「食べ物か、お金を下さい。」と書いた業務用ダンボールのサインを取り出し、リュックを「止まれ」の看板の下に立てかけ、これまた持参のプラスチックの箱によっこいしょ、と腰掛け、タバコを取り出してぷかりと一服うまそうに吸っています。「プロの仕事って感じだなぁ〜。」と見ていると、突然こちらに向かって歩いてきます。慌てて周囲を見ると、私の2台後ろの車の人が、窓から1ドル札を出していました。ホームレスのおじさん、「今日も朝から縁起がいいや。」といったところでしょうね。(ま)


リスさん、カメさん、シカさんへ 6.8.2003

ここ田舎のアメリカでは、道路に「歩行者」が存在しません。ヒトは移動に車を使い、よって道路に「歩道」もありません。

代わりに存在する「歩行動物」は、例えば「今月の1枚」にあるようなリスです。前後の見境なく車道に飛び出してくるリスは数知れず。大変危険です。去年の夏、(ま)がネバダの砂漠をドライブしていた時、前方に横断中のリスを発見、「でもこの距離だったら大丈夫。横断し終えるな。」と判断した途端に何を考えたかそのリス、いきなりUターンをしてもと来た道を戻るではないですか!ハンドルを切って危機一髪、きっとアスファルトが思ったより暑かったのでしょう。

今日は高速道路I-40を時速110Kmで運転中、目の前に信じられないものを発見。何と、50cmはあろうかという大きなカメがのんびり横断中ではないですか。結構な交通量の高速道路で、すでに二車線渡りおえていたのも奇跡的です。(ま)も必死のハンドルさばきでどうにかかわし(そのインパクトたるや、ガラパゴス諸島のゾウガメ並でした。)カメのその後の無事を祈りました。と1時間後、高速道路沿いに緊急停車中の車が。見ると運転手がわざわざ車から降りて100mほど歩いて戻り、これまた横断中のカメを道路から拾って、近くの草むらに逃がしてやっていました。こんなところはアメリカ人、とても優しいのです。

先日は、高速道路I-40の一車線が突然動きが止まりました。見ると先には大型トラックが停車したまま動いていません。故障かな、と思いつつ横を通り過ぎつつチラッと見たら、トラックの前には、飛び出してきたシカを抱きかかえて必死で介抱しているトラックの運転手さんがいました。

リスさん、カメさん、シカさん、どうぞ道路横断の際は、左・右・左の順で確認し、出来るだけすばやく渡ってください。心からのお願いです。(ま)


カリスマ美容師の値段 6.2003

そろそろ髪を切りたくなってきた。しかし不安材料は多い。日本ほど美容室が多くない上に、日本に比べ技術も大変劣ると聞く。おまけに値段やチップの仕組みもよく分からない。しかしまあ、とりあえずアメリカの美容室も経験しておこうと近所の店に飛び込む。カットをお願いすると、髪を霧吹きで濡らし、ジョキジョキと切って、ドライヤーで乾かし、はい出来上がり!所要時間20分。福岡時代は西通りのカット専門の美容室に通っていた身としては、何とも不思議な新種のヘアカットを受けた気になるが、ちゃんと揃っているし「ま、いっか。」と納得。

その夜、送別会があって、多くの日本人が集まった。小さな女の子の手を引いたお母さんが「今日、この子(小学1年生)をラーレイ(車で1時間の州都)まで連れていって、日本人の美容師さんに髪を切ってもらったの。35ドル(4200円)だったんですよ。」と話していた。それを聞いた(ひ)も明るく「(ま)も今日髪を切ったんですよ。近所の美容室でクーポン(割引券)を使って8ドル(960円)でした。」と言うのを聞き、(ま)は静かにその場を離れた。(ま)


アメリカ最初のハンバーガー・チェーン 5.17.2003

意外にもマクドナルドではなく、1921年にカンザスで創業した「ホワイト・キャッスル」。店舗展開が中部・東部なので、残念ながら我がノースカロライナではお目にかかったことが無い。しかし「一辺6cmの小さな蒸しハンバーガーは、肉が実に柔らかでうまい」などと読む度に「いつか食べてやるっ。」と固く心に誓っていた。

そんなある日、何気な通り過ぎたスーパーの冷凍食品ケースの前で、「ホワイト・キャッスルのハンバーガー」なるものを発見。早速買ってレンジでチンして食べてみると、普通の焼きハンバーガーよりあっさりしていて、もの珍しさも手伝って、結構おいしい。出来たてはもっとおいしいだろうなぁ、、、「いつか店で食べてやるっ。」と固く心に誓った。

先日ケンタッキー州を旅行した際に、ウエルカム・ボードを撮影するだけの理由で、高速道路に乗ってインディアナ州に立ち寄った。その時、道路脇の看板を見て(ま)が声を上げた。「次の出口右折1マイルでホワイトキャッスルだって!」我々がそこを目指したのは言うまでもない。ランチタイムとは言え、お店は超のつく大繁盛。注文の仕方が分からないので他人のを聞いていると、「ホワイトキャッスル12個とコーク大2つ!」と老夫婦が注文している。マクドナルドのようなセット商品はなく、その名も「ホワイトキャッスル」と呼ばれる小さな蒸しハンバーガーを欲しいだけ注文して食べるのが流儀のようだ。我々も、チーズ入りのホワイトキャッスルを8個頼む。待っている間も、キッチンでものすごい数のハンバーガーが調理されている様子が見える。席を見ると、仏壇のお供えのように紙皿にきちんと山盛りされた、ミニサイズのハンバーガーを老若男女がパクパクと食べている。ひたすら、アメリカの国民食を食らう姿が潔かった。ちなみに、味は冷凍食品と同じだった。でも、満足。(ま)


トントン・ソース 6.2.2003

いきつけのスーパー、ハリス・チーターで買い物をしていると、試食コーナーでラテン系のおじさんが「テリヤキソース、ベリー、イージー、オイシイヨ。」とテリヤキソースの実演販売をしていた。
日本生まれのテリヤキ・チキンは、実はアメリカでも市民権を得ている。あの甘辛い味がアメリカ人の口にも合うのだろう。映画「サイン」の中でも、「地球最後の日に食べたい食べ物は?」の問いに「テリヤキ・チキン」「うん、いい選択だな。」なんていう会話シーンがあって笑ってしまう。
さて、そのラテンおじさんの片言の日本語「オイシイヨ。」につられて「うん、おいしい。」と言うと、突然「日本人ですか?」と流暢な日本語が聞こえた。何と、ラテンおじさんは日本人で、そのソース会社の社長さんだった。ノースカロライナはシャーロットにある小さな会社で、日本食のソースやドレッシングを販売しているらしい。確かに、瓶に日本語で「伝統が作り上げる究極の味」と書いているこのボトルは見たことがあるゾ。認知度を高めるために、日曜日もこうして各スーパーを回り試食品を提供しているそうだ。人が頑張る姿に弱い上に、学生時代に同様のバイトをしていた(ま)は感動し、自分で購入したのみならず、商品を補充する手伝いまでしてしまった。
今日もノースカロライナのどこかで、ラテンおじさんが試食品のテリヤキを配っている。今、日本ではアメリカ進出を果たした日本の食品会社(マルチャン)の本がベストセラーらしいが、10年後にトントン・ソース(おじさんの会社)も伝説になるかもしれない。頑張れ!トントン・ソース!(ま)


<特集> お達者クラブ潜入レポート 5.30.2003

面白いイベントに参加してきました。詳しくはこちら(同タイトルのコラム(Culture Difference欄))


ふるさとからの小包 5.23.2003

普段はアメリカ製品でアメリカ生活をつつがなく過ごす(ひ)(ま)家だが、年に2回ほど実家にお願いして小包を送ってもらう。中身は、こちらで手に入りにくいもの。具体的には、読みたい本や特定の薬や化粧品、こちらで買うと高い食品やサイズの合わない下着類など。
以前は必要なものを書き出して買ってもらっていたが、最近は私自身がインターネット上のショップで好きなものを選び、カードで決済して、商品を実家宛てに送ってもらい、それをまとめて小包にしてもらうというテクニックを覚えた。便利な世の中だ。とは言え、やはりふるさとから送られてくる小包には、物だけではない温かさがこもっている。例えば、頼んだものの他にもいろんなものが詰めてあり、その中に「トラピストバター飴」「六花亭ホワイトチョコレート」「利尻昆布」などが入っていると「ああ、お母さん。元気で過ごしていて、デパートの北海道物産展にでも行ったのね。」と母のほほえましい行動まで分かったりする。(ちなみに(ま)の実家は長崎です。)(ま)


日本車の評価 韓国車の評判 5.22.2003

アメリカ田舎生活では、車は必需品だ。渡米直後、車を買おうとした(ひ)が「やっぱりアメリカ車かな。」と一言口にしたら、そこにいたアメリカ人、カナダ人、イギリス人全員が「何言ってるんだ。壊れない日本車にしろ!」と強く主張したらしい。(ちなみに、その3人は全員日本車オーナー)。(ま)の英語のクラスメイトでメカ・マニアのティ(ビルマ人)も「今はトヨタのカローラだが、いつかはMS−Xが欲しい!」と言うのが口癖だ。このように、今でもアメリカでは「日本車は故障が少なくていい車」という評価と人気を誇っている。道路を走る車も、3台に1台が日本車といっても過言ではない。

ところで、日本の雑誌を読んでいたら「ヒュンダイを知らないのは、日本人だけかもしれない。」というキャッチ・コピーで、「現代」(韓国車メーカー)の車が世界で愛されている、といった内容の広告を見て、思い出したエピソードがある。(ま)が中古車屋で、買おうと思ったホンダのCR−V(中古)と、韓国車メーカーKIA(キア)の同じようなSUVの新古車(ほぼ新車)が同じ価格だったのでちょっと迷った。それを見たスウェーデン人の中古車ディーラーが言った。「来年、再来年のことは分からない。しかし、今の技術水準では、絶対に日本車を選ぶべきです。」車種は問わない大手中古車屋のディーラーだけに、妙に説得力があった。確かに、アメリカでは日本より韓国車を見る機会は多い。宣伝も多い。しかし、評判はこのようにイマイチだ。それを覆すためか、最近は「新車購入、10年間保証付き」がセールスポイントになっている。(ま)


アジアン・ビューティーの基準 5.21.2003

最近、映画や雑誌でよく見る、売れっ子ハリウッド女優のひとりにルーシー・リュウがいる。日本ではNHKの海外ドラマ「アリー・マイ・ラブ」のわがまま弁護士リン役で知られる彼女、典型的アジア人顔なのだ。ストレートの黒髪、細いつり目に極太アイラインを書き、頬骨はこれでもかと言うほど出ていて、そばかすだらけ。はっきり言って美人には見えないし、ここまで強烈なアジア人顔を見せ付けられると同じ人種としてはちょっとうんざりするのだが、どうやらこれがアメリカ人の中での典型的アジアン・ビューディーの基準らしい。そういえば、20年程前に世界的に活躍した日本人モデル山口小夜子もこんな顔をしていたっけ。
ちなみに彼女自身はNY生まれの典型的なABC(America Born Chinese アメリカ生まれの中国人) で母国語は英語だが、中国語も喋れるらしく役の中で時々披露している。最初は中国のお姫様役などで出ていたが、最近は気が強いワガママ女の役ですっかり売れっ子だ。アカデミー賞作品「CHICAGO」でも、ダンナを殺して刑務所行きになる役で出演しており、短時間ながら強烈な演技が印象深い。

このルーシーの大活躍、別にアメリカ社会がアジア人の顔好きになったわけではなく(残念!)増加するアジア人人口を配慮しての結果だろうが、それでも彼女の活躍を見るのは微笑ましい。松田聖子も下手に整形せず、思いっきりアジア人顔でハリウッド進出してみるといいのではないでしょうか。(ま)


犬夜叉のレート 5.19.2003

アメリカでは、テレビをつけたり、チャンネルを変えると、かならず現在放映中の番組の「レート」が表示される。これは子供に見せるにふさわしいかどうかのガイドラインで、PG(Parental Guided)「保護者の監督下(で見るべきもの)」、PG14「14歳以上は、保護者の監督下(で見るべきもの)(つまり14歳以下には適さない。)」などに分類される。(Restricted)になると、日本でいうところの「18禁」で、加えて暴力的、麻薬が出てくる、言葉が汚い、性的な言葉、性的な映像、など、事細かに情報が提供される。このレートを遵守するかどうかは親次第だが、有害映像から子供を守るという意味では、アメリカは意外にしっかりしている。
一般のテレビ番組でヌードはまず出てこない。子供のヌードにも厳しく、こちらで吹き替えて放映されている日本のアニメ「ドラゴンボール」の子どもの水浴びシーンにも、黒いパンツが書き加えられている。映画もほぼ同様のレートがあり、日本で「R指定」と言えばきわどいシーンがある映画、というイメージしかないが、実は「マトリックス2」も「」だ(確かに十分に暴力的)。

現在、知り合いに借りた「犬夜叉」(高橋留美子作・日本でアニメや映画にもなった人気漫画)をはまって読んでいる。戦国時代の妖怪退治の話なので、首が飛ぶわ、体が真っ二つになるわ、で「これって、アメリカでは絶対「R」だね。」というのが(ひ)(ま)の一致した意見。くれよんしんちゃん?間違いなく「PG14」でしょう。(ま)


威風堂々 5.20.2003

午後3時から4時にかけて車を運転する時、出会いたくないものがひとつある。それは帰宅中の生徒を乗せた「スクールバス」だ。スクールバスは絶対的に優先で、これが停車中は、後続の車も、そして反対車線の車もすべてストップしなければならない。違反者には、高ーい罰金と減点が待っている。そしてその、全ての車がストップした道路を、子供が威風堂々、わざと?と思えるほどゆっくりと横切ってゆく。(ま)は間が悪く中学校の前でスクールバスの発車タイムにぶつかって、15分間足止めをくらい15台のスクールバスを見送った経験もある。子ども達を守るための素晴らしい交通法だけど、急いでいる人は大変だろうな、と思う。

話は変わって、私の考える「アメリカ人の七不思議」のひとつに、「横断歩道じゃないところで車を停車して人を横断させるとき、横断する人は絶対に急がない。」というのがあった。10人が10人、小走りするでもなく、ゆーっくりと道路を渡るのだ。今日も運転中、停車中の高校のスクールバスと出会った。もちろん私も停車して、バスからのんびり降りてくる生徒達を観察していた時、その謎が解けた気がした。学生生活12年間も横断中に車が止まるのが当り前の生活をしていたら、大人になっても急ぐ気にはならないわな。(ま)


ビーチの正しいすごし方 5.18.2003

日本人が「旅行」と言えば、どこかに行ってあちこち見物するのが定番ですが、アメリカの人の「バケーション」と言えば、どこかに行ってのんびりするのが定番です。大西洋に面したノース・カロライナの場合、行き先は圧倒的にビーチが多く、砂浜に折りたたみベッドを持ち出し、何もせずにボケーっと日光浴をしたり、読書をしたり、ビールを飲んだり(本当は違法)、が最高の贅沢なのです。故に、海岸沿いはたくさんのコテージや貸し別荘、ホテルでも小さなキッチンがついた長期滞在型が多くあります。
(ひ)(ま)家ではさすがに、貴重な1週間の休みを丸々ビーチで過ごす勇気はありませんが、気分だけでも体験しようと、週末のビーチ旅行はよく行きます。最初はボケーっと出来ずに街に繰り出したりもしていましたが、回を重ねるごとに慣れてきて、”オーシャン・フロント(海に面した)の部屋を予約し、食料やビールをたっぷり持ち込んで、朝夕は海岸を散歩、昼間はエルビスで聞きながら部屋でぼけーっと”出来るようになりました。しかし、各ビーチも観光客がお金を落とすように懸命なので、誘惑もいっぱいです。マートル・ビーチではパット・ゴルフにはまり、今回のアウターバンクスではビーチでのお遊びの定番、凧(結構上等)まで買ってしまいました。あと、アメリカ人では「魚介類はビーチに行って食べるもの」という認識があるので(さすが肉食の国!)、ビーチにはおいしいシーフードレストランが軒を並べています。そこにも行きたい。そしてアメリカでもやはり人気で、必ずあるのが地ビール・レストラン。ビール好きの(ひ)としては、これも避けて通れない。我が家のコレクション、ピンバッジとステッカーも探すためにはお土産屋さんにも寄りたい。。。と、ビーチでボケーっするのは、これで結構難しいものです。(ま)
<各旅行についての詳しいレポートは「旅するふたりの東西南北」にて。>


アメリカ版 白ずくめ集団 5.15.2003

日本では、随分賑わっているようですね。アメリカにも、歴史的に超有名な白ずくめ集団があります。その名は「クー・クラックス・クラン(略してKKK)」。南北戦争敗北後の混乱期の南部で結成されたこの組織、自警団からやがて秘密結社になり、白人優越主義を掲げ、白い頭巾で顔を隠し、白装束で黒人を襲うようになる。実は「風と共に去りぬ」でアシュレイが怪我をしてレッド・バトラーに助けられるのも、KKKの集会に参加中だった、という設定。一度は消滅したこの集団、1915年(50年後)に復活し、その時は火の十字架をかざす儀式で有名になった。(「風と共に去りぬのアメリカ」青木富貴子著より)
アメリカ歴史の暗部としてこの組織は大変有名で、我々もアトランタの博物館で当時の衣装を見たことがありますが、本当に不気味でした。という訳で、今話題の日本の集団は何の関係もなさそうでホッとしています。ちなみに、KKKの乗り物はワゴンじゃなくて馬でした。(ま)


マトリックス2公開 5.14.2003

夕食後、近所のモールに遊びに行った。すると平日夜にもかかわらず映画館の前に多くの人が。理由は、そうです、「マトリックス2」(4年前に公開され大ヒットしたアクションSF映画の続編)。 明日のロードショー公開に先駆け、本日の夜10:30からプレミア上映に9:00前から人が集まってきている。「やっぱり人気だねー。」と映画館に背を向け歩き出したその瞬間、すれ違った男性は何と、主人公ネオの格好を真似して黒のロング・コートに黒い服、黒いサンブラスでまさに「ネオそっくりさん」。えっ、と思う間もなく後ろから来たのは準主役モーフェウスのそっくりさん。ビックリした顔の我々の横を、そっくりさんの二人は映画同様クールな表情で通り過ぎていった。ちなみに、本物のネオと違うところが一点だけ。ノースカロライナのネオは、坊主頭だった。(ま)


ご当地ソング 5.13.2003

その歌を初めて聞いたのは、UNC大学のキャンパス内セルフツアーに参加した時で、カセット・テープに入ったガイドのバックに流れていた。抜けるような青空、青々とした芝生、大きな緑の木々とゆったりと流れる時間にマッチしたとてもいい曲で、いっぺんで大好きになった。ツアーが終わり、誰の曲ですか?と受付嬢に聞いてみると、紙に「James Taylor  Carolina in my mind (ジェームス・テイラー カロライナ・イン・マイ・マインド)」と書いてくれた。「CD欲しいんだけど、この人、有名人?」と聞くと、彼女は笑いながら「どこのCDショップでも、彼のアルバムは買えるわよ。」と答えた。

彼は70年代を代表するフォーク歌手の一人で(今も現役)、この歌は彼の代表曲のひとつだ。ちなみに、歌のタイトルが「カロライナ・イン・マイ・マインド(我が心のカロライナ)」だから、ノース・カロライナ州とサウス・カロライナ州、どっちのことを歌っているか分からない、という心配は無用。絶対にノース・カロライナなのだ。だって彼はUNC大学出身なのだから(おまけに父親はもと医学部長らしい)。とにかく、こんなに場所の雰囲気にぴったりの「ご当地ソング」を私は他に知らない。10年後も、20年後も、この曲を聴いて目を閉じれば、いつでも私の心のノース・カロライナに帰れることだろう。(ま)


ノース・カロライナ お洒落通信 5.12.2003

先日、荷物を整理していたら「NYで今流行のレストラン紹介」という雑誌の切抜きの束が見つかった。まぎれも無く(ま)が日本から持ってきたものだ。渡米前には、ノースカロライナがどんなことろかも知らず、刺激的な毎日を夢見ていた。。。。(ため息)

さて、レストランもさることながら、予想と現実で一番ギャップがあったのは実は「服装(身なり)」だ。はっきり言って、こちらの人はかなりファッションに疎い。基本はTシャツに短パン、冬は短パンをジーンズに変えて上着を羽織る、といった具合で流行とは縁が無い。女の人も、昼間のフルメイクはあんまり見ない。ブランド物のバッグもコーチ程度で、ルイ・ヴィトンを持っているのは韓国人か日本人だけだ。そんな訳で、日本から持ってきたエルメスも今ではタンスの肥やしと成り果てている。こんな環境に拒絶反応を起こす人もいるだろうが、我が家はすっかり適応してしまった。Tシャツ7枚と、短パンとジーンズがあれば、一生生きてゆける自信がある今日この頃だ。(ま)


パトカーの謎 3.1.2003

我が家のあるアパートメント・コンプレックスで殺人事件が起こって以降、アパート内で駐車中のパトカーをよく見かけるようになった。すわ聞き込み捜査中か?と英語で答える練習までしていたにもかかわらず、警察官の姿は全く見ない。しかし、毎日ちょっとづつパトカーの位置が変わっている。この不思議な現象に、(ひ)(ま)は「これは防犯のためのレンタル・パトカーで、クリス(アパートの管理マネージャー)が毎晩夜中に動かしているのだろう。」と勝手に結論付けた。
その後1年が過ぎて、それでも駐車場のあちこちで数台のパトカーを見る。ある日オフィスに家賃を払いに行くと、パトカーが停まっていて、中で警察官とクリスが真剣に話し込んでいる。翌日「また事件?怖いねー。」とクリスに言うと「違うよ、彼は入居契約をしに来たのさ。」とのこと。何とアメリカでは警察官が通勤にもパトカーを使ってよいらしい。それって公私混同?と思うだろうが、自宅アパート前の駐車場にパトカーがでーんと停まっている安心感は何事にも変えがたく、立派に防犯の役目を果たしている。ちなみに、現在このアパートには3台のパトカーがあるので、3人の警察官が住んでいると思われる。ご苦労様です。(ま)


実学指向 5.6.2003

アメリカの学校で習う数学は簡単すぎる、というのは有名な話。アメリカの高校数学の問題を見る機会があった。ずらりと並んだ文章題は、何と全てお金の問題。内容は「某会社は投資で年間5万ドルを儲けたい。資金が△ドルであるとき、A社(年利4%)とB社(年利5%)に幾らづつ投資すればよいか?」「ある男性が残した遺産を、妻が60%、息子が40%受け取った。妻は年利5.5%の会社に投資し、息子は年利4.5%の会社に投資した。妻が受け取った利息が△ドルの時、息子が受け取った利息はいくらか?」など、計算そのものは簡単、そして内容は妙に現実的だった。
確かに日本の高校数学より随分易しい。でもそれ以上に、日本の数学じゃ「遺産」の計算はしないと思う。「学校で習うことは、実社会では役に立たない。」という日本の教育批判はよく聞くけれど、確かにこれだったら実社会で役立つ…かな?!
(ちなみに全て単利計算でした。複利計算くらいして欲しいものです。)(ま)



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