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 Mo41057 〜 父と子のバイオリン 〜 |
石井 �� 先生 5.1.2019
平成から令和を迎えている。この機に石井高先生の思い出を記事に書き留めておきたい。2012年10月、購入して間もない（ひ）のバイオリンを調整してもらったことは６年前に記述した ※下記参照 。翌2013年は国体開催のため日程が１か月早まって、9月に臨時の工房を歴史文化博物館に構えられた。前年の「また来年も持ってきなさい」との言葉に甘えて、ふたたびバイオリンを持ち込んで見ていただくと、やはりさまざまな角度からじっと眺めて、「ああ（ひ）さん。この楽器は覚えています」 「よく練習されていますね、指板は削りましょう」 「ネックが少し太いです。私のネック調整は評判いいのですが、ネックも削りますか？」 「駒の調整だけでは、弦高と弦幅を直しきれていません。私がクレモナに行った当時に入手した、いい駒の木材を持ってきています。駒から交換しましょう」 後に成書で学んだところによれば、指板を削るのは角度を調整するのと弦の振動で付いた凹凸を取ることを目的に、やや上級編ながら必須の調整だそうだ。※よく練習していたのは（ひ）ではなく前オーナーということです 。ネックも駒も、石井先生に調整してもらえるのだから、一片の迷いなく全ての調整をお願いした。 果たして数日後、連絡を受けてバイオリンを取りに行くと、まず「TAKASHI ISHII」と焼印された駒が装着されていることに気がついた。自分の楽器に石井先生の名が刻まれているのだ、小躍りしたくなるくらい嬉しくて、それだけで舞い上がってしまった。もちろん、ネックも指板も申し分ない。石井先生には翌2014年にもう一度見ていただいたが、その時は「バッチリです、何も調整は必要ありません」と太鼓判をいただいた。 ただし、実は全てがバラ色だったわけではない。少なくとも40年以上経年した木材で作った駒に交換したのが主な理由と思われるが、楽器がキンキンと鳴りすぎて、うまくコントロールできなくなってしまったのだ。じゃじゃ馬を必死でなだめすかしながら弾いているような感覚だったが、後から考えると、これは奏者である（ひ）の技術が未熟だったことの方が問題で、３年くらいたった後にようやく上手く響かせることができるようになった。そして、その音色は自分で言うのも難ながらとてもよい響きで、ということはつまり、もう一生このバイオリン以外の楽器は必要ない、となったわけである。購入した時には素性のよく分からない楽器だったけれど ※下記参照 、本当にイタリア製だろうが似せた贋物だろうがそういうことはもはや問題ではなく、上達の過程の苦楽を共にした、他には代えられない存在の楽器となった。自分の身体の一部である。これ以上、何を望もうか。石井先生、ありがとうございました。 石井先生には、（ひ）の楽器だけではなく（Ｋ）の分数バイオリン（1/4と1/2）も調整していただいた。（Ｋ）の肩を抱く石井先生のお姿を改めて見ればよく分かるように、石井先生は終始、子どもを優しい眼差しで見守ってくださった。調整が出来上がった楽器を取りに行った時、バイオリニストの瀬崎明日香さんが弟子入りしてバイオリン製作を学んでいたが、たまたま同席した取材の人から促されて、（Ｋ）の小さな楽器を瀬崎さんが弾いてくださった。その時の感動は、ここで文章で表すことはできない。（ま）が言葉を失って涙していたとだけ書けば十分ではなかろうか。 このような石井先生のお陰もあり、（ひ）と（Ｋ）は父子でバイオリン演奏を楽しんでいた。主に【みかん町の子どもたち】と一緒に演奏していたのだが、2015年、次なるステップとして子どもでは弾けないビオラパートを補うため、（ひ）はビオラで演奏に加わることにした。もちろん、新しく購入したビオラも石井先生に調整してもらうつもりで、例年であれば数か月前からホームページに掲載される工房開設のお知らせを心待ちにしていた。ところが、2015年は待っても待っても、9月になってもその知らせは届かなかった。石井先生、今年は長崎に来ないのかなあ、何かあったのかなあ、と心配していたある日、師匠マサコ先生から「石井先生が亡くなられたそうです」というメールが届いた。信じたくなかったが、新聞でも同様の報道があり、信じざるをえない状況であることを認識した。享年72。まだお若いのに、なんということだ… ああ、石井先生がこの世界からいなくなってしまった。記憶がモノクロになる喪失感を初めて覚えた。ビオラも調整してほしかったし、（ひ）ももっと上手くなるつもりだった。クレモナの工房にもいつか遊びに行きたかったのに。これから誰に楽器を調整をしてもらえばいいのだろうか。もちろん弦楽器職人であれば他にも多く存在する。でも石井先生じゃないとダメなのだ、嗚呼、石井先生！ どうしてこんなに早く死んじゃったんですか！？ その後、石井先生が亡くなって３年以上経過した現在だから言えることだが、モノクロ化していた石井先生の記憶は次第に再び明るい色彩で塗られ、今では燦々と明るく楽しい思い出として（ひ）のブレインの中に存在している。それは、石井先生の足跡が身近にたくさん残っていたからだ。 まず、石井先生の死とほぼ時を同じくして、著書「ヴァイオリンに生きる」が出版された。この本には、石井先生が亡くなるまでの過程が、ご本人の言葉で詳しく記述されていた。娘のジュリアーナさんが工房を引き継いだことを知り、工房でお二人が笑顔で写っている写真も掲載されていた。ジュリアーナさんと石井先生が共作したバイオリンを瀬崎さんが、遺作のビオラを長島さんが、それぞれ弾いた【追悼演奏会】がクレモナで開催されたことは、後に報道で知った。 長崎OMURA室内合奏団のビオラ奏者・長島さんは、石井先生にビオラ製作を依頼して、亡くなる直前に完成した楽器を受け取られたという（つまり遺作）。長島さんは現在このビオラをメインに使用されていて、その美しくて渋くて深い音色を演奏会で【聴くことができる】←※ぜひ聴いてください！。長島さん自身もおっしゃっているが、他には聴いたことのない、すごいとしか言いようがない音色だ。しかも完成してわずか１年、これからどう経年していくのだろうか？。幸運なことに（ひ）もこの楽器を弾かせてもらう機会があったが、胴長43センチは大きすぎて全然うまく弾けなかった。※（ひ）のビオラは40センチ 。下記の「ビオラ・ダ・オーラ」も「形見としてあげる、君なら弾いてくれるでしょ」と引き続き長島さんが所有されているそうだが、石井先生ご自身が「あのビオラを弾ける奏者は長島さんしかいない」とおっしゃっていたことを思い出した。互いにプロフェッショナルなお二人の絆はかくも堅い。実際に楽器の音を聴いたり弾いたりすることはできなくても、カステラ歴史文化博物館には石井先生製作の楽器が所蔵・展示されているので、歴文に行けばいつでも「石井レッド」を見ることができる。 楽器以外でも、郷土の英雄・さだまさし氏のステージトークを収録したCDに「クレモナの石井先生」という演目があり、いつでも聞くことができる。ジブリ映画「耳をすませば」には、石井先生が「クレモナの親方」として台詞の中に登場する。「川の流れはバイオリンの音」には、若かりし石井先生がバイオリンを弾く映像が収録されている。 石井先生のお人柄の一端が残されていたホームページは最近閉鎖されてしまったが、身近にこれだけ足跡が残っていれば、もう哀しくはない。そうえいば、令和の新天皇陛下も、石井先生作のビオラを所有されている（正確には「献上」はできないので「貸し出し」ている状態らしい）。令和元年現在の（ひ）はほぼビオラしか弾かなくなったが、時々石井先生の名が駒に刻まれたバイオリンをケースから出して、思い出とともに音色を楽しんでいる。いつか（Ｋ）に譲って弾き続けてもらえれば、それ以上望むことはない。 クレモナの石井先生の工房にも、いつか訪ねてみたい。その時はビオラを持って行って、娘さんに調整してもらいたい。（ひ）（Ｋ）や瀬崎さんと石井先生が一緒に写った写真も持って行って、娘さんやご家族に見てもらいたい。石井先生の思い出も話したい。こうして記述すると、したいことだらけだ。それまでにイタリア語を勉強しておかなければならないではないか。ジュリアーナさん、英語しゃべれないかなあ？。（ひ） | |
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Maestro Liutaio 4.26.2013
OMURA室内合奏団のビオラ奏者・長島さんが、少し大きくて厚みのある見慣れない楽器を演奏していた。深く澄んだ音色が美しい「ビオラ・ダ・オーラ」は、クレモナ在住のバイオリン製作者、石井高先生が理想のビオラを追求して製作した楽器だという。そんな石井先生が、毎年カステラ歴史文化博物館で期間限定のバイオリン工房を開いていて、今年もカステラ市に来ていると知った。ウェブサイトの記述によれば、「どんな楽器でも調整します、どうぞ気軽にお越しください」とのこと。かのクレモナでも指折りのマエストロ・石井先生が、経験わずか数か月の（ひ）の相手をしてくださるのか大いに不安だったけれども、思い切って（ま）と一緒に（ひ）のバイオリンを持って行ってみることにした。購入してまだ間もない 2012年10月5日のことだった。 工房を訪ねると、緊張気味の（ひ）に「楽器を見せてごらん」と石井先生の方から声をかけてくださった。とても穏やかな声だった。楽器を見るなりの第一声は「ふくらみが独特ですねえ」。そしてしばらくさまざまな角度からじっと眺めて、 「駒が上手く調整されていないので、弦高が高く、弦と弦の間の幅も広すぎます」 「魂柱の位置が悪いなあ」 「表板がここで一部はがれているようです」 と、（ひ）は全く気付きもしなかった問題を次々と指摘してくださった。断っておくが、見ただけで全く音は出していない。駒に関しては「これでは弾きにくいでしょう」※そういえば確かに楽器は古いが駒だけは新しそうに見えた。そして魂柱にいたっては専用の工具で直そうとしてくださったところ「コロン」と倒れてしまった。 正直焦って体温が0.5度くらい上昇してしまった（ひ）とは裏腹に、石井先生は「この楽器は胴体のふくらみが独特です。なのに普通の魂柱を入れているので正しい位置に合うはずがありません」と事もなさげな涼しい顔。そして「駒と魂柱は調整しましょう。ついでに表板も一旦外して付け直します」とのお言葉。駒と魂柱と言えばバイオリンの心臓部だし、表板を一旦外して付け直すなんて、そんな大手術をクレモナのマエストロにお願いしたら、値段がいくらかかるのか想像もつかない。（ま）と2人でおそるおそる「あのー、おいくらになりますか？」と尋ねたところ、驚いたことにそんな心配は全くの杞憂だった。 かくして１週間後にバイオリンを取りに行き、石井先生に促されてその場で弾いてみたところ、驚くほど弾きやすく、そして驚くほど澄んだ音色になっていることに瞬間的に気がついた。それは他では味わったことのない、まさに「！」な感覚だった。このバイオリンはドイツ製のほぼ新品と弾き比べているうちに味わい深い音色に恋をしたのだが、その楽器が石井先生のお陰でもっといい音に生まれ変わったのだ！。天使がさらに何十人も天使を連れてきたかのような高揚感を覚えた。石井先生も「喜んでもらえれば それが一番です」とおっしゃってくださった。楽器の「独特なふくらみ」についても、一通り教えてくださった。さらに嬉しいことに、「また来年も持ってきなさい。いい楽器は何度も見たいからね」とのお言葉。持って行きますとも 持って行きますとも！ 聞けば、クレモナにも立ち寄ったという記録があるという、かの「天正少年使節」が日本に持ち帰って太閤秀吉の前で演奏したというバイオリンを、石井先生が復元しようとしていた過程で歴史文化博物館の方と親しくなり、その縁で毎年工房を開くようになったとのこと。ありがとうございます。お陰様をもちまして、石井先生に楽器を毎年いい状態に調整してもらえるなんて、こんな幸運＆幸福なことはおそらく滅多にありません。 それにしても、調整一つでこんなに音が変わるなんて本当に驚きだ。面白すぎる。かつては胴体やパーツの色ばかりに注目していたけど、そんなことは音色にほぼ無関係だと学んだ。ましてやケースなんて全く関係ない。ケースを見て「お、あの子いいバイオリンを持っているな」なんて思っていた自分が恥ずかしい。このような一連の経験をして少しずつバイオリンのことを知りはじめると、元来作り手気質の（ひ）は、バイオリンをもっと理解するために自分でバイオリンを作りたくなってしまった。金属材料や有機材料なら得意だが、木材の扱いにはあまり慣れていない。矯正用のワイヤーならいくらでも意のままに曲げられるが、木を曲げたことなど一度もない。ニカワなんて見たこともなければ、ニスなんて小学校の夏休みの宿題で使った記憶がブレインの片隅にあるだけだ。でも、作りたくなってしまったからには、もうどうにも止められない。少々の切り傷や火傷は覚悟の上。詳しくはいずれ本コーナーでも記述するので、どうぞオタノシミに！（ひ） | |
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Nomenclatura 3.8.2013
さて、はるばるイタリアからみかん町の我が家までやって来た古いバイオリン。その日は一緒に寝ようかと本気で思ったけれど、誰も見ていないとは言え分別ある大人として心にブレーキをかけた。まるで恋する乙女だが、その恋の対象を後日ゆっくり眺めていると、表板のｆ字孔から見える内側のラベルに下のように書いてあるのに気がついた。 ----------------------------- GIOVANNI CAVANI di Spilamberto (Modena) FECE l'anno ----------------------------- 「Modena」が地名らしいということがかろうじて分かるくらいで、イタリア語はちんぷんかんぷんだ。ウェブで検索してみると、「Spilamberto」というのは Modena県にある人口12000人ほどの小さな市、「di」というのは英語で言う of のような単語で、つまり「Modena県 Spilamberto市 の Giovanni Cavani氏 によって作られた楽器」という意味らしいことが分かった。 さらに「FECE」は made、「l'anno」は year という意味で、本来であれば作られた年が記されているはずの右側の部分には何も書かれていない。はじめから空欄だったのか、長い年月のうちに色褪せてしまったのかは分からないが、兎にも角にもつまりは製年不詳というわけだ。 そして「Giovanni Cavani」は、Spilamberto に実在したバイオリン製作者だということを知った。しかも驚いたことに 1851年生まれ・1936年没で、もしラベルが本当のことを語っているとするならば、氏が49歳までに作ったバイオリンであれば 1800年代に作られたもの、61歳までに作ったバイオリンであれば 作られてから100年以上が経過したもの、という計算になる。古い古いとは思っていたがここまで古いとは驚いた。 もっとも、ラベルが正しいかどうかは全く分からない。ウェブで画像が見れる限りの Giovanni Cavani 作のバイオリンは、確かに説明にある通り胴体が細長くてｆ字孔も相当に細長い。それに対して（ひ）のバイオリンは、胴体はそれなりに細長いが ｆ字孔の形はむしろ小さい。そもそも、下の記事にある「バイオリンの値段の分類」から大きく外れているので、バイオリン製作者による手作りの楽器ではないと考えるのが自然である。もし仮に手作りの本物だったとしても、オークションでの実売価格は4000ドル程度なので、なんでも鑑定団のような「数百万円のバイオリンを7万円で買いました！」的なウケの良い話にはならない。 それよりも（ひ）の興味を惹いたのは、Goivanni の息子 Vincenzo Cavani も、父に弟子入りしてバイオリン製作者となったという史実である。そして、バイオリン製作者としての評価は 11歳で最初のバイオリンを作ったという息子 Vincenzo の方がずっと高い。値段は評価の一端に過ぎないが、実売価格は１万ドルを大きく超えている。したがって「技術のある製作者」として市場で評価されているのは間違いないようだ。ちなみに、息子 Vincenzo は1889年生まれ・1973年没で、（ひ）（ま）が生まれた当時はまだギリギリ存命だったことになる。 ウェブの発達した現代でも得られる情報はこの程度だが、それだけに Cavani 父子について思いを巡らせてしまう。 例えば、父 Giovanni のラベルは、後年「Giovanni Cavani & Figlio（息子の意）」に変わっている。息子 Vincenzo はラベルに「Giovanni の息子で弟子」ということを明記し、後年（おそらく父の没後）は 父と全く同じデザインのラベルを使っている。これらのわずかな情報からだけで、「父は38歳で授かった息子を深く愛すると同時に自分を超えたことを誇りに思い、息子は自分の方が高く評価されても父を尊敬し愛する気持ちは生涯変わらなかった」というような、妄想にも近い想像を膨らませてしまうのだ。これではまるで恋する乙女だが、当たらずとも遠からずに違いないと考える。 そして（ひ）自身も、（Ｋ）や（Ｔ）とこのような父子関係でありたいと願う。Cavani 父子のように、息子・娘が父親を超えて、かつ尊敬の気持ちを持ち続けてくれれば、人生にこれ以上望むものはない。そんな願いを込めて、当コーナーに「Mo 41057 〜父と子のバイオリン〜」という名を付けたのでした。 ちなみに「Mo 41057」というのは Spilamberto（Modena）の郵便番号から拝借しました。バルサミコ酢が Spilamberto の特産だそうで、その味わい深いところがなんとなく似ている気もします。（ひ） 
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Angel Encounter 1.20.2013
みかん町から借りていたバイオリンは平和コンサートの後に返却したので、（ひ）は再びサイレントバイオリンでマサコ先生のレッスンを受けるようになった。実はみかん町のバイオリンは弓やケースも含めた１セット１万円程度のもので、アマゾンでも購入できる。それでも一度弾いてしまうとサイレントバイオリンでは物足りなく感じるようになってしまった。やっぱり本物のバイオリンが欲しい。マサコ先生に相談すると、馴染みの楽器屋さんに見立ててもらうことができるという。もちろんお願いしたが、議論の焦点は自然と「ご予算」になる。曲がりなりにもオトナな（ひ）は、それなりの予算を準備することが可能だ。「バイオリンの値段」についてあまりよく知らなかった（ひ）は、特に新作・中古のこだわりはなく、20万円くらいのものを買って一生使うか、とりあえず５万円くらいのものを購入して将来の買い換えに備えるのがよいか、マサコ先生に相談した。 対するマサコ先生の答えは「20万円は必要ないと思います。逆に5万円ではなく7,8万円くらいの中古でもいいですか？」というものだった。もちろん何の異論もなくお願いしたが、これは今から考えるとマサコ先生の驚くべき有り難いご配慮だった。そのワケを「楽器の値段が高そう」という一歩目を踏み出せなかった理由の検証という意味も踏まえて、少し考察してみたいと思う。 「バイオリンの値段」について説明するのは非常に困難だけれども、大まかの３乗くらいに大まかに言えば、中古・新作を問わず、 ・機械あるいは流れ作業による量産楽器（素人向け）：１〜99万円 ・技術のある製作者による手作り楽器（プロの演奏者向け）：100万円〜数億円 という分類ができるように思う。つまり「５万円と20万円では50歩100歩で大きな違いはなく、量産楽器の中で初心者がそれなりの質を求めるならば 7,8万円くらいがバランスいいところ」という意図がマサコ先生の答えにはあったように思う。この驚くべき模範解答には脱帽するしかない。 果たして２週間後、マサコ先生はバイオリン２本が入った大きなケースを抱えてレッスンに来られた。それを見た瞬間、ワクワク感のボルテージが最高潮に達したことをよく覚えている。ケースの中身は、 ・2011年、ドイツ製（８万円、新品だと20万円相当） ・製年不詳、かなり古いイタリア製（７万円） という２本で、どちらでも好きな方の楽器を選んでよいという。見ると２つともうっとりするほどカッコよくて、弾いてみるとこれまたどちらもうっとりするほどきれいな音色で、その場で片方を選ぶことなんて絶対にできそうになかった。まるで２人の美女から同時に求愛されたかの如く天にも昇りそうな気分になり、本気で「両方ください」と大人買いする寸前だった。 もちろん大人買いしても（ひ）の財布が細るだけで誰にも迷惑はかからないのだが、常識のあるオトナとしてはやはりどちらか１つを選ばなければならない。マサコ先生としては、素性のよく分からない古い楽器よりも、ほぼ新作に近い（つまり一定の質が保証されている）ドイツ製の楽器を勧めたかったようだ。しかし交互に弾いているうちに、古いイタリア製バイオリンの、何とも言えない天使のようなまろやかで優しい響きに（ひ）は恋をした。 決心したことを伝えると、マサコ先生は手をたたいて喜んでくださった。かくしてイタリア製のバイオリンを大事に抱えて帰るバスの中で、（ひ）の顔がずっとニヤけていたのは言うまでもない。2012年9月10日のことだった。（ひ） | |
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弦楽器講座 for Juvenile 12.21.2012
（ひ）作の 段ボール楽器 で遊んでいた（Ｋ）のために、アメリカで 1/2サイズのバイオリン を購入したことは下の記事にも書いた。バイオリンには、子どもが練習できるように小さなサイズ（1/16、1/10、1/8、1/4、1/2、3/4）の楽器がある。実際のところ、1/2サイズだと小学校１年生の（Ｋ）が演奏するには大きすぎるが、おもちゃ感覚で楽器に馴染んでもらえれば壊しても構わない（つまり段ボール楽器の延長）と思っていたこと、加えて子供服と同じで「少し大きめを」という貧乏性が働いたことから、1/2サイズの楽器を選択して購入したのだった。実際にバイオリンを始めるのは、もっと後になるだろうとも予想していた。さて、（ひ）がバイオリンを習い始めてほどない2012年5月、毎年８月に開催される「平和コンサート in みかん町」へ向けて、みかん町が「弦楽器講座 for Juvenile」受講生を募集していることを知った。「弦楽器講座 for Juvenile」は、初心者の子どもたちが３か月間バイオリンを練習して、本番の舞台で演奏を披露するのが主旨という。なんと受講は無料で、さらに驚いたことに、３か月間はみかん町が所有するバイオリンを無償で貸し出してくれると言うではないか。これって、申し込まなきゃ損だよね！？ というわけで早速受講を申し込み、（Ｋ）の身長に合ったサイズのバイオリン（1/4）を貸してもらった。さらに驚いたことに、講師のヒロシ先生から「お父さま・お母さまの中で、私も演奏してみたいと思われる方はおられませんか？」という驚きの提案があり、サイレントバイオリンしか持っていなかった（ひ）も 大人サイズのバイオリンを無償で貸りることができた。これで８月まではマサコ先生のレッスンをこのバイオリンで受けることができる。あっぱれ太っ腹、みかん町！ というわけで、３か月間の弦楽器講座を約20人の子どもたちの中に（ひ）も混ざって受講した。ヒロシ先生は、子どもたちでも分かるように、ゆっくりとゆっくりとバイオリンの演奏を教えてくださった。最初は弓の持ち方もままならなかった（Ｋ）だが、本番のコンサート前にもなると、いっぱしのバイオリニストのような構えになった。演奏したのはいずれも簡単な２曲だったが、父子での初舞台の上で聞いた、客席からの拍手は一生忘れないと思う。 そして何より、こんなに早く（Ｋ）がバイオリンを始められるとは思っていなかったので、平和コンサートの最後に出演者総出で「ふるさと」を演奏しながら、一歩目を踏み出す（Ｋ）の背中を力強く押してくれたみかん町に（ひ）は静かに感謝した。（ひ） | |
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マサコ先生・ライバルは子どもたち 12.18.2012
さてさて、楽器（赤いサイレントバイオリン）を買って帰ってきたはいいけれど、結局というか、予想通りというか、その後あまり弾かない状態が続いた。独学に限界があるのは明らかなのだが、「一歩目を踏み出せない理由」の中にもある「レッスン料が高そう」という理由から、いわゆる「バイオリンを習う」ことを大いに躊躇していたのだ。大学のオーケストラの学生を捕まえて、無料（もしくは飲み代のみの）にわか講師にしてしまおうかと企ててもみたけれど、そのような甘い考えでは収穫は得られなかった。むしろ「そんなにバイオリンを弾きたいんなら、習いに行けばいいじゃないですか」というごもっともな意見を学生から頂戴してしまった。ちなみにその学生はボイス・トレーニングのために教室に通っているという。彼の行動力は大いに見習う必要がある。 そんな折、息子（Ｋ）のピアノのグレード試験のために訪れた某楽器店で、「春のバイオリン体験レッスン」というチラシを見つけた。この楽器店は（ひ）が普段通勤に利用しているバス停のすぐ横にあるので、仕事帰りにレッスンに通うための移動時間はゼロに近い。時間的にギリギリのほぼ飽和状態の中で仕事をしている（ひ）にとって、これはとてつもなく大きなメリットだ。もう躊躇などしている場合ではないと直感し、思い切って体験レッスンを申し込んだ。2012年3月のことである。そうしてアンドリューくんに続く2人目の Mentor、「マサコ先生」に出会った。 マサコ先生は、独学で楽器を弾く（ひ）を見るなり、弓を当てる向き、左手の構え方、あごのあて方、身体の重心のかけ方など、いくつもの間違いをすぐさま指摘してくれた。そのおかげで「バイオリンとは、小手先だけではなく、身体全体を使って演奏する楽器である」ということを学んだ。楽器を構える左手、弦を押さえる左手の指、弓を動かす右腕、弓の角度を決める右手の肘、弓を持つと同時に弓の重心をコントロールする右手の指、手に限らず頭の位置・首の角度や視線、体幹・腰・足の位置、重心のかけ方、呼吸… 身体全体に意識を払って、その全てが正しくないと楽器はいい音で鳴らないのだ。深すぎる。 想像するにおそらく、この身体全体に意識を払う動きを無意識にできることが、真に良い演奏をするための最低条件なのではないかと思う。この「無意識の動き」の形成は、長い時間をかけた地道な繰り返し練習のほか獲得の手段はない。したがって、バイオリンは「小さい頃から習っておく」必要があるのではないかと思う。 もう一つ、マサコ先生はとても「音程」にシビアである。ピアノやギターと違って、構造上バイオリンは無段階の音程を出せてしまう。なのでビブラートによる表現の幅が広がるわけだが、その前提として精確な音程を取る技術が不可欠である。 これらの「無意識の動き」と「精確な音程」の獲得のために、バイオリンの場合、明らかに他の楽器よりも技術の習得に長い時間が必要なように思える。したがって「一歩目を踏み出せない理由」の中にある「小さい頃から習ってないと無理そう」「上手くなるまで時間がかかりそう」というのは、紛れもなく真であり、時計の針は誰にも戻せないことから、オッサンになってバイオリンを始めようとする（ひ）にとっては克服できないデメリットとなる。 しかし、だからと言って悲観することはない。オッサンにはオッサンなりのメリットもあるからだ。それは経験によって鍛え上げたこの「頭脳（ブレイン）」である。子どもなら時間がかかる技術の習得も、我がブレインをもってロジカルに効率化すれば、何分の一かの時間で済むはずだ。この仮説が真であるかどうかは分からないが、数少ない武器を活かさない手はない。 かくして、頭で理論づけながらバイオリン演奏の技術を習得することが、今後の我が人生のテーマとなった。おそらく、このテーマだけでも残りの人生を十分に楽しめるのではないかと思う。ライバルは子どもたちだ。（ひ）は本職で子どもを対象とした仕事をしているので、これはなかなか良いテーマを見つけたと我ながら満足している。 ※ 余談だが、レッスン料は思ったほど高くはなく、インターネットなどで知りうる限りの相場より低い価格だった。少なくとも家計を圧迫するほどではない。厄年にゴルフにハマって家計を破産寸前に追い込んだ（ひ）の実父よりはずっとマシな趣味だと思う。（ひ） | |
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First Violin and First Mentor 11.30.2012
A.（ひ）が平日にバイオリンを練習できる時間は夜しかない。B.（ひ）（ま）家はアパート住まいである。（ひ）のライフスタイルと照らし合わせてみると、「一歩目を踏み出せない理由」の中でも最も切実だったのは「音がでかいのでアパートでは練習できなさそう」だった。こればかりは A.仕事を辞めない限り B.防音室を備えた家に引っ越さない限り 解決できる問題ではない。ちなみにどちらも予定はない。 したがって、あえて解決法を求めるならば「サイレントバイオリンを購入する」しか方法はないが、老舗Y社のサイレントバイオリンは相当に高価だった。それでも買ってしまおうかと何度もウェブサイトでクリック寸前になったが、やっぱり「たかがサイレントバイオリン如き」に対する投資としてはあまりにも高すぎた。 
幸い、ほどなく 再びノースカロライナに２か月滞在の予定があった。この手の買い物はアメリカの方がお得な場合が多い。というわけで、到着後早速 アメリカのアマゾンで探して、（ひ）の First Violin となる120ドルほどの赤いサイレントバイオリンを購入した。ついでに（Ｋ）への誕生日プレゼントとして 1/2のバイオリン も購入した（約80ドル）。さてさて、楽器を買ったはいいけれども、扱い方がよく分からない。弦の張り方も分からなければ、松脂のつけ方も分からない。付属のガイド本を見たりウェブサイトを検索したりで確かに音は出だしたが、それが正しいのかどうかさっぱり想像もつかない。 そんな折、（ま）の友人ヘリーンから夕食に呼ばれた。「長年の夢だったバイオリンを買ったんだ。でも扱い方がよく分からない」と話すと、なんと息子のアンドリュー君（20歳、NCステートの２年生）が中高生時代にバイオリンを習っていたというではないか。これは何かのご縁、願ってもないチャンスとばかり、思い切ってレッスンをお願いして、後日ホテルの部屋まで来てもらった。2011年7月19日のことだ。 まずは各部の名称を教わることから始まり、続いて扱い方、駒の調整、調弦、楽器の構え方、姿勢、弓の持ち方、弓の動かし方などを学び、そしてドレミファソラシドの音階まで教わって、あっという間に２時間が過ぎた。３行アメリカふたたび にもあるように、アンドリュー君は各部の名称を日本語で調べてきてくれていた。これだけでも彼の人柄がよく分かる。最後は「（Ｋ）が将来有名な音楽家になったら、最初に師事した先生はアンドリューだね」と爽やかな言葉を残して帰って行ったが、踏み出す一歩目の背中を大きく押してくれた、我々の First Mentor はアンドリュー君で間違いない。アンドリュー先生、どうもありがとうございました！ ※ちなみに、当時 の写真を見返してみると、まだまだ左手の手首や親指のあたりが正しくないことがよく分かります。（ひ） | |
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序章・そろそろ段ボール楽器は卒業したくありませんか？
いい年こいてきたからか、音楽といえばほぼクラシックしか聴かなくなった（ひ）。とりわけ String Quartet に代表される室内楽が大好きだ。OMURA室内合奏団のアウトリーチコンサートなどで、弦楽器の響きの中にいるとたまらなく幸せな気分になる。なので自分でも演奏したくなるのが自然な流れだけれど、これがなかなか敷居が高い。実は「バイオリンを弾いてみたい」というのは長年の夢だったのだが、それと同じ年数だけ実際に弾いてみようという行動に移れなかった。その理由を考察すると、簡単に思いつくだけでも… ・演奏するのが難しそう ・楽器の扱いが難しそう ・小さい頃から習ってないと無理そう ・上手くなるまで時間がかかりそう ・楽器の値段が高そう ・レッスン料が高そう ・音がでかいのでアパートでは練習できなさそう ・練習する時間がなさそう と列挙することができる。これだけ「一歩目を踏み出せない理由」があれば、なるほど敷居は相当に高い。 しかし、よくよく見てみると、どれも末尾が「…そう」という想像に過ぎない。つまり、想像だけで何年も夢をあきらめていたわけだ。もったいなくないか？？ 忙しいやら時間がないやら言っていたら、いつまでたっても一歩目が出るわけがない。このままでいいのか？？ ・もうそれほど若くない ・お金なら 少しは ある ・ギターを弾いていた経験から、ある程度 指は動く ・息子（Ｋ）もバイオリンを弾きたがっている ほら、少しは「踏み出す一歩目の背中を押ししてくれる理由」だってあるじゃないか。もう一つ、ほんの少しの勇気があれば、それで十分。 今がその時。さあ、夢の世界へと第一歩を踏み出そう！（ひ） | |
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