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ファイル09 London, England(11/1-6/2001)



行っちゃいました、霧の都ロンドン。なんとこの時期は直行便往復が一人300ドル也。夏休みを取っていなかった(ひ)は、週末をはさんで3日間の休みをもらい、正味5泊6日のハネムーン特別編です。霧の都とは言ってもそれは産業革命時代の大気汚染がひどかった頃のお話、出発日の朝ノースカロライナではこちらは本物の霧に包まれた朝でした。

(ひ)にとっては初めてのヨーロッパ、図書館から借りてきた旅行ガイドで予習ばっちりの(ま)ロンドン2度目 の案内で、著名な観光名所を回りました。名所ではヨーロッパ各地からの旅行客でいっぱい、自然とヨーロッパ中のあらゆる言葉が耳に入りますが、そういう中では英語もヨーロッパの中の一方言のように聞こえるから不思議です。夕方からはこれもお楽しみのミュージカル鑑賞、「王様と私」では席は前から2列目ど真ん中、オーケストラを指揮する指揮者の息づかいまで聞こえてくる緊張感に満ちたパフォーマンスは圧巻でした。また23歳の若さで飛行機事故死したロック歌手バディ・ホリーが(ひ)(ま)家での愛聴盤になったのは、彼の半生を描いた「Buddy」をここロンドンで観てからです。後にサウス・ポイントのカフェで出会ったおじさん(推定年齢66歳)は、ティーンエージャーの頃バディ・ホリーでがっつんがっつん踊っていたとか。ちなみこのおじさん、一杯のコーヒーを2人で飲んでいた(ひ)と(ま)を見て「僕もティーンエージャーの頃はミルク・シェーキに2本のストローをさしてガールフレンドと飲んだものさ」と話しかけてくれました。

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さてさて、話は戻ります。ロンドンでは(ひ)がどうしても行きたかった場所がありました。それは郊外にある「グリニッチ展望台」。地図を広げては0度線の通るその場所はなぜか憧れでした。現在は博物館になっているその旧王立展望台、地面に示してある標準0度子午線をまたぐまたぐ飛ぶ飛ぶ、西に東に大暴れでした。この(ひ)のはしゃぎようとは裏腹に、0度線を設定するにあたって長年の観察を続けた当時の技術者たちの孤独と苦労は並大抵のものではなかったようです。いつの時代も難題に直面した人たちの苦労が歴史を支えていると痛感させられました。グリニッチ展望台は周りの緑の環境も申し分なく素晴らしいところでした。

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しかしロンドン、さすが世界に名を馳せる都だけあって刺激的です。町を歩けばストリート・パフォーマーがあふれており、中でも最も印象的だったのは音大の学生くんとおぼしき4人組、流行りのポップ音楽を彼らの弦楽4重奏で奏でるのですがこれが素晴らしい素晴らしい!いつまでも聴いていたい気分でした。NCの田舎から出てきて初めは都会の喧騒に圧倒された(ひ)と(ま)でしたが、日を重ねるにつれロンドン・ウォークにも慣れたきたところで帰らなければいけなかったのは本当に残念、後ろ髪をわしづかみでグイグイ引っ張られるような思いで空港に向かい、ロンドンを後にしました。あああ、また行きたいな、ロンドン。(ひ)

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