ニュー・オリンズはアメリカのどの街とも違っている。
「フレンチ・クオーター」と呼ばれるほんの小さな一角が世界的に有名で、小説や映画の舞台になり、「バーボン・ストリート」と呼ばれる1本の細い路地のイメージに期待して、世界中の観光客がやってくる。
歴史的に各国の文化が入り乱れているこの土地で期待できるのは、もちろん「食」。植民地時代のフランスやスペイン、奴隷制度によるアフリカ、移民が多かったイタリア、ギリシャ、クロアチア、ベトナム、タイ各国の食文化の影響を受け、クレオールやケイジャンと呼ばれるニューオリンズ独自の食文化が出来上がった。それは今も健在で、「アメリカで一番」と評される高級レストランから、毎朝長い行列の出来る小さなサンドイッチ店まで、胃袋と予算に合わせて誰もが楽しむことができる。
問題は数限りないレストランの中でどこに入るかだ。限られた日数と胃袋、ひとつも無駄にしなくない。図書館で借りてきた数冊の最新のガイドブックを読み込んで、いざ出発。
結論から言うと、アメリカで初の「何を食べても美味しい」街、1日5食の食い倒れの旅行を大満足で終えた我々。生カキもレストランもよかったけど、ここでは街角で出会った、ひとり10ドル以下のB級グルメ・メニューをご紹介。
ベニエ Beignet
ミシシッピ川のほとりにある、あまりにも有名なカフェ「カフェ・デュ・モンド」。
名物はチコリ(スパイスの一種)入りのカフェ・オ・レとフランス風揚げドーナッツ(ベニエ)。
長さ10cm程の枕のような形のドーナツに、粉砂糖をまぶして食べる。
たくさんのテーブル、椅子、人の間を、お盆を持ったウエイター、ウエイトレスがすいすいとスイーツを運んでゆく。
老若男女、誰もがこぼれる粉砂糖を気にしつつ、手と口の周りを白くしながらドーナツをほおばる。
週末の朝、通りかかるとそこには空席待ちの列が出来ていた。さすがは人気店。
でも大丈夫、ここは24時間営業なので混雑する時間を外せば結構ゆっくり楽しめるのだ。(夜中の3時とかね!)
このカフェ・オ・レ用のコーヒー粉は、ニューオリンズのお土産屋さんばかりか全国のスーパー・マーケットでも売ってある。
あくまでもカフェオレ用なので、コーヒーだけでは渋くて飲めたものではない。
レシピによるとコーヒーとミルク半々とあるが、我が家ではコーヒー:ミルク=1:2がお気に入りである。
この我が家レシピのカフェ・オ・レを友人達に振舞っていたある日、面白い話を聞いた。
フランス人の彼女の祖母の代には、同じようにコーヒーにチコリを混ぜて飲んでいたそうだ。
当時コーヒー豆が高かったので、安いチコリを混ぜて量を増していたのだという。
「庶民の知恵」から生まれたカフェ・オ・レが世界中の人をひきつけるなんて、ちょっと皮肉。
余談ながら。(ひ)さえ信じないが、10年程前の博多には「カフェ・デュ・モンド」が確かに存在した。
博多埠頭の一角に、「オニューオリンズ生まれ」というふれこみで、同じロゴ、同じメニューがあった。
ミスター・ドーナッツの「ダスキン」が経営していたように思う。
あれは日本でのフランチャイズ進出の第一歩として試金石だったのだろうか。
しかしその後、日本のどこにもこの看板を見ることは無い。残念。

カフェオレの泡でヒゲを作る少女に注目!
ハリケーンHurricane
レストラン「パット・オブライエン」が発祥の名物カクテルで。今ではバーボン・ストリートの道端の屋台でも売ってある。
ジンがベーズ。口当たりがいいが強いので、飲みすぎにご用心。というのがガイドブックにある一般的な説明だ。
初日、夕食時に飲み忘れたため通りを歩きながら屋台を探したが見つからない。
しかたないので、色とりどりのシェークの機械が回っている健康そうなカフェで飲み物でも買おうとすると
メニューに「ハリケーン」の文字が。何と、シェークと思ったのはすべてフローズン・カクテルで、
ハリケーンは鮮やかなピンクの氷の粒となって紙コップに入って出てきた。
フローズンなので、ストローで吸えるのはほんのすこしづつ。お酒とは思えない、ひんやりと甘い氷が舌に心地よい。
これはついつい飲みすぎるはずだ!
通りに戻って改めてよく見ると、紙コップを持った人だらけ。つまりみんな酔っ払いだった。
ガンボ Gumbo
夜も少々遅くなって行列が短くなった頃を見計らい「ガンボ・ショップ」に並ぶ。
食べ終わって店を出てきた若い女性が満足げに「オススメはチキン・ガンボよ!」行列に向かって声をかけてゆく。
その一言に迷ったが、やはりここは「シーフード・ガンボ」。
「ガンボ」とは西アフリカの言葉で「オクラ」を意味する。
アメリカではオクラの入った煮込みスープをこう呼び、具によってベジタブル、チキン、シーフード・ガンボなどがある。
私も何度か作っみたことがあるが、そのレシピでは「オクラの色が悪くならないよう最後に入れる」とあった。
ここのガンボを食べて納得。オクラは影もかたちも無く、かわりにねばりとトロミが十分に出ている。
大鍋で時間をかけてじっくり煮込んでいるのが想像できる、まろやかーな味わいである。
色は決してよくないが、見た目より味を選ぶなら当然こちら。
余談だが、2ブロック離れて同じ名前と同じ看板の他店がある。メニューを見ると値段は2倍以上だった。
クロウフィッシュ・エトフェ Crawfish Etouffee
初日の夕食で注文し、大変美味しかったのがこれ。ザリガニの煮込みシチューである。カレーのようにライスを添えて食べる。
ちなみに、ザリガニのことを他の地域では「クレイフィッシュ」と呼ぶのに対し、
当地では「クロウフィッシュ」となんだかいきなり高級で美味しそうな響きに変わる。
翌日、市場が建ち並ぶフレンチマーケットで、魚屋の横の屋台メニューにこれを見つけたときは正直言って驚いた。
湯気のたったたっぷりのシチューがライスにかかり、中には嘘みたいにたくさんのクロウフィッシュがきれいなピンク色でのぞいている。
そして値段はたったの3ドル!昨晩のレストランの4分の1の値段だ。
市場で働く人が木箱に座ってガッガッとかきこんでいるのも、屋台好きな(ま)としては食欲をそそられる。
横を見ると、(ひ)も値段とクロウフィッシュの数のバランスに目が点になっている。
しかし悲しいかな、朝11時にしてすでに2食食べ終えたふたりの胃袋には、もう1食入る余裕は無い。
翌日午後、満を持して再度出かけた。店頭のサンプル(本物)は湯気が消えシチューの表面にしわが寄りあんまり美味しくは見えない。
お客も誰もいない。しかし、迷わず一皿注文。出てきたのは、ほっかほっかのシチューにゴロゴロとクロウフィッシュが入った、
まぎれも無く昨日の朝に見た「クロウフィッシュ・エトフェ」。
注文口のすぐ横のカウンターに立ったまま、スチロールの皿に入ったエトフェをプラスチックのスプーンで口に運ぶ。
レストランのような深みは無いけど、素朴な味とゴロゴロ入ったクロウフィッシュは、
キャンプで食べるカレーライス、海の家で食べる焼きそばといった風情。
我々がおいしそうに食べている姿を見て、それまで誰も寄り付かなかった屋台に人がちらほら入りはじめた。
そのたびに、別の店番もしているチャイニーズ系の若い女性に「お客さんが来たよ。」と知らせてやる。
お腹がふくれたら、市場をひやかしニューオリンズ料理に欠かせないスパイスなどを購入するのもよし。

レストランVS屋台エトフェ対決 数に注目!
ポー・ボーイ Po-Boy
フランス風サンドイッチで名物のひとつ。街のあちこちで看板を見かけるが、ここはやはり「ニューオリンズいち」を
食べたい。ビジネス街にある「マザーズ」は、早朝に行くと大勢のビジネスマンが長蛇の列を作っている。
列が動かないので、あきらめて夕方に再びチャレンジ。
並ぶことは無かったものの、それでもほぼ満席の店内でオーダーしたものはもちろん「マザーズ特製ポー・ボーイ」。
ロングサイズをひとつ頼み、ふたりで食べることにする。
アメリカではめずらしく「アイス・コーヒー」があったのでこれも迷わずオーダー。
5分ほど待ってやってきた出来たては、30cmはありそうなソフト・フランスパンの間に
上から順にマスタード、キャベツ、味付き細切れ肉、サラミ、ハムがはさまっている。
調理したての肉類から滴る肉汁を気にしつつ、ガブリとかぶりつく。
口の中に広がるジューシーな肉の味わいを、マスタードの効いたキャベツがさっぱり中和してくれる。
残念なことに、パンの味がいまひとつ。皮はパサパサで中は具の汁気でくたっとしている。
ああ、皮がカリッ、中がモチッとしたフランスパンにこの具をはさんで食べたいっ!
「フランス風」サンドイッチなら、もう少しパンにこだわってもいいのにねぇ、などと言いつつペロリと平らげる。
この店はたくさんの人物写真があり、店にきた有名人かと思いきやほとんどが軍服を着ている。
パウエル国務長官があるところを見ると、オーナーがもと陸軍か。
もうひとつ店内で目を引くのはチップについての看板だ。「この店では、従業員がチップをもらうことを禁じています。」
アメリカ広しといえども、こんな看板を見たのは初めてだ。まぁセルフサービルなのでチップを払う人はいそうにもないが、
なんともユニーク。これもオーナーの方針かな。
ちなみにカウンターの中では、そんな方針どこ吹く風で陽気な黒人女性達がにぎやかに働いていた。
しかし、このボリュームを朝食にするニューオリンズのビジネスマン達、いやはやパワフルだ。
ホットソース Hot sauce
ホテルが「フルホット・ブレックファースト」(温かい卵料理なども出る)付きだったので、毎朝たっぷりの朝食をとっていた。
旅行中はなぜか(ひ)も朝食をとる。(それもかなりたっぷり!)
バフェでスクランブルエッグを取っていると、横に小袋入りのケチャップとホットソースが置いてあったので
何気なくつかんで席に戻り、両方をかけて食べると、、、これが妙にクセになる味なのだ。
結局毎日この変な組み合わせを食べた。
後から知ったことだが、ニューオリンズはホットソースでも有名だった。(かの「タバスコ」もルイジアナ州が発祥の地)
基本原材料は唐辛子と酢で、これを熟成させたのがホットソースとなる。
旅から帰ってから読んだ本には「ニューオリンズっ子の食卓にはいつもホットソースがあり、朝はスクランブルエッグに、夕食は煮込み料理にかけて食べたものだ。」と書いてあった。
という訳で、図らずもニューオリンズの食卓を経験していた(ま)。
ちなみに私が毎朝食べていたのは「タバスコ」ではなく「クリスタル」というメーカーのもので、辛すぎずさっぱりしていた。
クラブ、バー Club, Bar
夜も更け、酔っ払いや路上で踊る人々をよけながらバーボンストリートを歩くと様々な音楽が耳に入ってくる。
有名な生演奏だけではなく、ディスコ、有線のBGM、素人のカラオケと騒がしい。
生演奏も古典的ジャズだけでなく、様々なジャンルの音楽が入り乱れる。
ここは是非、クラブやバーで生演奏を楽しみたい。
窓や出口から漏れ聞こえる演奏に耳をすませ、気に入ったバンドなら店に飛び込んでビールを注文する。
音楽に耳をかたむけるもよし、ひたすら飲むもよし、隣の客とお喋りに花をさかせるもよし、フロアでダンスするもよし。
ひとしきり楽しんだ後、2杯目の注文を聞かれたときに、まだ聞きたいならもう1杯注文。もういいなら腰を上げ、次の店を探す。
正直言って、最初の2日間はシステムもよく分からず、雰囲気も怖くて店に入れなかった。しかし、一度経験すればもう大丈夫。
アイルランド・バーでギネスビールを飲みながら古典的なディキシー・ジャズを聞いた後、若者ばかりの威勢のいいビッグバンドを聞きながら馬鹿でかいコップでラガービールを飲むのもまた楽し。日本でこのレベルの生バンドが聞ける店なんて、チャージだけでウン千円だよねウイーッ、と(ひ)はすっかり酔っ払いモード。
マフレッタ Muffuletta
こちらは「イタリア風サンドイッチ」。これを食べたければ「セントラル・グロッサリー」以外に店はない。
いや、正確に言うと他の店のメニューにも載っているけれど、「マフレッタ」はこの店の発明品でかつ評判も一番なのだ!
もっと正確に言うと、ここはレストランではない。イタリア食材店である。
フレンチ・マーケットに程近い、色のあせたイタリアの観光ポスターが壁中に貼られた店に入ると、
サラミやオリーブの「濃い」においが鼻につく。
瓶入りアンチョビの棚やハムの冷蔵ケースの間をくぐりぬけ、めざすはレジへ。
そして一言、「マフレッタ、半分ください。」
油紙に包まれた商品を受け取り、店の奥にあるカウンターだけのスペースに移動し、包みを開く。
出てくるのは、40cmはあろうかという円盤状のパンにオリーブとチーズとハムがはさまれたいたってシンプルなサンドイッチ。
大きさに圧倒されながらも一口カプリ。これがおいしい!本当に、踊りだしたくなるくらい、おいしいー!!
このシンプルな構成から一体全体どうしてこんな味が?と思うが、とにかく組み合わせが絶妙だ。
ひとつひとつの素材をじっくり見ると、馬鹿でかいパンに、塩辛すぎるオリーブ・サラダ
(サラダといっても数種類の輪切りオリーブが混ざっているのみ)、きついにおいのサラミ、なじみのないチーズといった具合に、
ひとつひとつは決して飛びつきたくなる素材ではないのに、組み合わさると口の中で力強いハーモニーが生まれてくる。
料理における「組み合わせの妙」に感動しつつあごを動かしながら横を見ると、オリーブ嫌いの(ひ)も気にせずパクパクと食べている。
ガイドブックによると「4分の1で軽いスナック、半分で十分なランチ、丸ごとひとつ買うのは観光客だけです。
おなかを壊しても本書の責任ではありません。」とある。アドバイスどおり、我々も4分の1で十分満足。
何か飲みたかったら、奥に良心的な値段のコークの自動販売機がありますのでどうぞ。
レシピによると、材料はイタリアン・ブレッド、ジェノア・サラミ、センターカット・ハム、スイス・チーズ、プロボロン・チーズ、
とある。我が家でも何度か作ってみたが、実は難しいのはパン選び。
直径40cm円盤型で、主張しすぎず、かつ具にに負けない歯ごたえのパンというのはなかなか見つからない。
この味にショックを受けた翌日。帰途につく前に再度店に寄って丸ごとひとつ買い求めた。
「この味をもう一度食べずには帰れなくって。」と言うと、
レジの女性が「昨日も来たでしょ。あんたのこと、覚えているわよ!」と嬉しそうに笑った。(ま)